「こんにちは、皆さん。寒い中応援ありがとうございます」
「あっ、こ、こんにちは! 柳生先輩」
部活の休憩時間に柳生が声を掛けると二年の女子たちはあたふたと返事をした。
今朝姿を見られている丸井は彼女たちの警戒心を解くために姿を隠している。
ちなみに今回の事件を幸村は大方察知していて、協力的に対応してくれている。
幸村も俺と同じように仁王との関係を興味深く見守っていたらしい。
「いつも見てくださっている皆さんに個人的にお礼をしたいのですが、少しお時間よろしいでしょうか?」
彼女たちは「どうする?」というように口元をゆるませながら顔を見合わせていたが、全然大丈夫です、と一人が答えると皆騒ぎながら柳生についていった。
そもそも今朝丸井にあんなシーンを見られていてよくテニス部に顔を出せたものだと思うのだが、あれくらいの神経でないとコートを切り裂いたり冷水を掛けたりできないのだろう。
年下の女子たちに空恐ろしいものを感じながら、俺は彼女たちに気付かれぬようこっそりと後を追った。
彼女たちは最初楽しそうに歩いていたが、柳生が目的の場所に近づくにつれだんだんと訝しげな表情になっていく。
柳生が今朝まさにが水を掛けられたという場所でぴたりと止まると、彼女たちはとうとう沈黙した。
「お前さんたち、よくのうのうと顔を出せたのう。俺が何も知らないとでも思っとるのか?」
振り向きざま、仁王が柳生の変装を解く。
驚いた顔をする彼女たちを一瞥しながら、仁王は言葉を続けた。
「俺の試合を見たことがあるなら驚くようなことじゃないじゃろう? できるならの変装をしてお前さんたちの前に現れてみてやりたかったが」
ある者は青ざめながら、ある者は憮然とした表情をしながら目配せし合っている。
仁王はそんな煮え切らない彼女たちにため息をつきながら、首を振るようにして厳しい声音で尋ねる。
「お前さんたち、自分たちが何をしたのかわかっとるのか?」
「わ、私たちは仁王先輩が好きなだけで……だから……」
「だからを傷つけたのか? なあ、俺は今ものすごく怒っとるんじゃけど」
仁王の声と表情はいっそ何も感情を感じられないほど冷たく、それが恐ろしさを醸し出していた。
彼女たちも皆それを感じとってびくりと震える。
「はお前さんたちの気持ちもわかると言っとった」
「はあ? 何それ。大体あの人、彼女でもないのに仁王先輩に馴れ馴れしくしすぎだし」
「ほう。が俺の彼女だったら手は出さなかったんか?」
「それは……」
「それに馴れ馴れしくしとるのはあいつじゃなくて俺の方じゃ。お前さんたちはが何を言っても水をぶっかけただけじゃろ。だが俺の言葉なら信じる気になるか?」
こんな風に責められてもこくりと頷くのは惚れた弱みなのだろうか。
彼女たちも道を間違えなければ、素直で善良な人間たりえたのかもしれない。
事が起こってしまった今となっては無駄な想像に過ぎないが。
「は俺にとって大切な人間じゃ。いいか、絶対に二度と手を出すな。それからテニス部にももう姿を見せるな、もしまだうろちょろしとったら俺だけじゃなくてテニス部全員が相手になるぞ」
「……言われなくても、もう冷めたし」
先ほども口答えをした、おそらくリーダー格の女子が横柄な態度で吐き捨てる。
後ろの方にいる二人の女子は泣いていたが、他の二人はこの女子と同じような不遜な態度だ。
反省もせず同じ過ちを繰り返すタイプに見えたが、仁王の興味がにしか向いていないと知って冷めたのは本気のようだ。に手を出すことはもうないだろう。
逃げるように、という訳でもなく彼女たちはその場を後にする。
もちろんテニスコートの方には向かわない。
彼女たちが校舎の方へ歩いていくのを見届けながら仁王の前に出ていく。
「一件落着、といったところか」
「仕返しの一つもしてやりたかったんじゃけど。に怒られるからの」
仁王の凭れかかる壁にはまだわずかに冷水の染みが残っていた。
仁王はポケットからおもむろに銃を取り出し、空に向かって引き金を引く。
訝しんでいるとぴゅう、と水が飛び出した。
呆れた。あんなものを用意していたのか。
「まったく、そんなものを向けていたら彼女たちでなくお前を止めに入るところだったぞ」
何を仕出かすかわからない人間が相手だったので念のためいつでも出ていけるよう構えていたが、何を仕出かすかわからないのは仁王も同じだった。
「爆竹もどきもあるぜよ。音と光が出るだけの安全な品じゃ」
反対のポケットからは外見も爆竹に模したオモチャが出てくる。
それの出番が来るような事態にはならずひと安心、といったところか。
「ま、ともかくこれでもうは安全じゃろ。あとは風邪を引かなきゃいいんだがのう」
「ああ、そうだな。安心して学校に来い、と連絡してやれ」
「もちろんじゃ。……世話を掛けたの、参謀」
「礼には及ばん。……いや、そうだな。お前たちが付き合うようにでもなれば苦労も報われた、といったところか」
「……プリッ」
仁王はまたぴゅう、と水鉄砲を無駄撃ちしながら地面に視線を逃がし、いつもの単語で誤魔化してきた。
爆竹もどきを使われたら面倒なので、からかうのはこれくらいにしておいてやろう。
仁王がまだ撃ち続ける水鉄砲から束の間、虹が現れた。
それがなんとなく祝福のように感じる。
仁王との関係にはどこか、そんなことを思わされるやわらかい空気があった。
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18.虹 09.12.12