「五限目の授業は先生に急用ができたため自習になります。プリントを配布するので、終わったら各自提出してください」

クラス委員が前でそう言うと、教室は急にざわめいた。
俺はというと、自習、の時点でエスケープを決めていた。
次の六限は音楽だし、今日はもうそのまま部活でいいだろう。
そもそも三学期の授業はほとんど今までの復習みたいなもので、あってもなくても同じようなものだ。
自習プリントも一応あるみたいだが、やってもやらなくても変わりはないだろう。

席を立つ前にちらりとを見ると、頬杖をつきながら早速プリントに手をつけている。
相変わらず真面目じゃの。
少し考えてから、ノートの端を千切ってペンで走り書きした。



さん、これさんに回して、って」
「うん? ありがとう」

急な自習に配られたプリントは一枚きりで簡単なものだった。これなら十分もあれば解けそうだ。
さっさと終わらせてしまおう、とペンを走らせていたら手紙が回ってきた。
珍しい。誰だろう。首を捻りつつノートの切れ端らしきそれを開く。

『よかったら屋上に来んか? 仁王』

その名前を見て、思わずえっ、と声をあげそうになった。
後ろを振り返ってみるけど仁王くんは席にいない、早速仲の良いコの近くに移動してきたコが本来の主のいなくなったイスに座っているだけだった。
一応教室内を見まわしてみるけど、彼の姿はない。きっともう屋上に移動したのだろう。
不意に丸井くんと目があったので、なんとなく会釈しておいた。
……今日も彼は明るい笑顔だ。

けれどこれじゃあ返事もなにもできない。
待たせるのも悪い、そう思ってとりあえず急いでプリントを解き終えることにした。



さて、は果たして来るだろうか。
屋上に寝転がって今日も飽きもせず晴れた空を見上げながら、なんとなく賭けをしている気分になる。
来るにしても来ないにしても、どっちみちプリントは先に終わらせてきそうだ。
そんなことを考えていると大分頬が緩んでいた。
それにしても眠くなってきた。
少しだけ出ていた雲にちょうど隠れていた太陽も顔を出して眩しくなり、俺は自然とまぶたをおろした。


「……ん」
「あ、起きた? おはよう、仁王くん」

目覚めるとそばでが微笑んでいた。
表情には出さないように驚く。
いや、確かに屋上に呼んだのは俺だけど。
……その気配にまったく気づかず眠りこけていたようだ。

なんだかやけに恥ずかしくなってくると同時に、ちょっとした悪戯心も芽生えてくる。

「おはようさん。じゃけどまだ眠い」
「朝から部活だし、疲れてるんじゃない? まだ時間あるからもうちょっと寝てなよ」
「んー。でも地面が固い。、膝貸して」
「え、膝?」
「はやく。膝枕」

急かすと膝枕って、膝枕だよね? とあまり意味のない確認をしながらは正座した。
俺はさっさとその膝に頭を乗せてしまうと目を閉じた。

「仁王くん、寝ぼけてるのかな。……おやすみ」

気恥かしいので寝ぼけている、ということにしてもらった方がありがたい。
心の中でだけおやすみ、と返したはいいものの、狸寝入りになってしまいそうな気がする。
さっきの姿を目にした瞬間から鼓動がいつもより速くなっていることには気づかれないといいが。


「仁王くん、起きて。仁王くん」
「ん……」

に呼ばれて目を覚ます。
結局俺はあれからすぐに眠ってしまったらしい。
こんなに近くに人がいるときに眠れることなど滅多にないので驚く。
しかし寝起きにの顔が近くにあると、いきなり鼓動が速まるのでちょっと心臓に悪い。
……なんて自ら膝枕をしてもらっておきながら言うことでもないが。

「おはようさん、
「おはよう。よく眠れた?」
「おかげさんでな。こんなにぐっすり眠れたのは久しぶりじゃ」

照れ隠しに少し大げさな言い方をしてみたが、あながち誇張でもない。
はほとんど冗談と取っているのだろう、可笑しそうに笑う。

「あはは、ほんと? なら良かった。もうすぐ六時間目が始まるから私は行くけど」
「もうそんな時間か。すまんの、わざわざ誘っておきながら膝枕なんてしてもらって」

本当は時々話でもしながらのんびりすごすつもりだったが、結局俺が得をしただけた。
だがはただやわらかく微笑む。

「ううん、仁王くんの役に立てなら嬉しいよ。ちょっとでも恩返しができたかな」
「恩返しなんて気にせんでよか。でもありがとさん、気持ち良かったぜよ」
「そ、そう? それなら良かったけど」

は少し照れたように俯いた。
俺ばっかりどきどきしているのはズルい、と思って口に出したセリフではあるが、気持ち良かったのは本当だ。
そうでなきゃこうもすっきり目覚められるはずがない。

それにしてもはなにか俺に恩を返さなきゃ、と思っていたらしい。
律儀でらしいと思うが、本当にそんなこと気にすることはないんだが。
最初の頃はともかく、最近の俺には確実に下心がはたらき始めている。
それは今日、いまになってますます自覚していた。

「俺は次もサボりじゃ。また放課後にな」
「うん。また放課後にね」

笑顔でひらひらと手を振るに振り返しながら、思う。
本当にが恩など気にすることはないが、なにしろ俺は詐欺師だ。
使えるものはなんでも使う。
のその純粋な気持ちさえも利用してしまうだろう。

が背を向けたあとに見つめている顔はきっと少し獰猛で、まだ見せられたものではない。
だからが入口でこっちを振り向いた瞬間、心臓が大きく跳ねた。

「初めてのサボリ、ちょっとどきどきしたし楽しかったよ。ありがとう」

少し声を張ったの言葉が届いてくる。
はきっと、いつも自分が与えられる側の人間だと思っているのだろう。
その実、多くのものを与えていることに気づいているのだろうか。
いつか教えてやろう、そう考えながら、軽く手をあげて答えた。


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9.膝枕  09.9.12