「丸井先輩、明日の練習は絶対来てくださいよ!」

金曜日の休み時間にわざわざ赤也がやってきた。
何の用かと思えば、そんなこと。
俺はここ数日部活に顔を出していなかった。
毎日教室で嫌でも顔を合わせなきゃなんねぇ仁王との姿を、部活でまで見たくなかったからだ。

「あー……悪ィな、赤也。明日は弟たちと先約があるんだ」

引退までだったらそれでも出ない訳にはいかなかったけれど、今はそんな制約もない。
ラケットは毎日欠かさず握っていたが、今はどうせガムを噛んでいても集中できなかった。

「でも、幸村ぶちょ……先輩の命令なんで」
「幸村君の?」
「そうっス。明日は元レギュラー全員集合、んでそのあとに花火大会っス!」

赤也の声は楽しそうだった。
夏の終わりの花火大会、か。
せつなそうな響きが失恋した俺には丁度良いのかもしれないが、元レギュラー全員出席なら当然アイツらもいる。
考えるだけで気が重くなった。
けれど提案者が幸村君なら断るという選択肢は存在しない。

「……わかったよ」
「んじゃ、そういうことで!」

赤也は手を挙げて忙しそうに去って行った。
メールでもよかったのに、なんでわざわざ来たんだ?
まぁ、メールなら無視してたかもんねぇけど。

席を外していた仁王とが(別々に)帰ってきたが、俺は明日の話をしなかった。
どうせ誰かから聞いているだろう。
……早く席替え、してぇな。


問題の土曜日、他校との合同練習を終えて軽くメシを食った後、俺たちおなじみのメンバーは海に集まった。
俺は極力仁王やを避けた。

まだ暑さこそ残っているものの、太陽が海に沈む時間は日に日に早くなっている。
夜の海はもう十分に暗かった。

幸村君と赤也が開けた袋から色とりどりの花火が溢れ出る。
いつもだったら俺も飛びついていたかもしれないけれど、やっぱりまだそんな気分にはなれなかった。

「さぁ、始めようか」

幸村君の号令で、みんなが花火を手に持った。
俺は少し離れて、つま先で砂浜をいじる。

「丸井くん、これ」

の声にびくりと震えてしまった。
恐る恐る顔を上げると、が赤い色の花火を差し出している。
……なんで、来るんだよ。
仕方なくそれを受け取って、みんなに近づいた。

九つの光が潮風にあおられて踊った。
赤也がふざけて走り回り、真田が怒鳴り散らす。
幸村君が赤也らしいな、と笑って柳がまったくだ、と同意する。
ジャッカルが俺線香花火が好きなんだよな、と言って柳生が風情がありますよね、と返す。
いつもの俺たちの光景だ。
仁王とが寄り添うように一緒にいる。
俺ははしゃぐ元気がない。
それがいつもと、いままでと決定的に違うところだ。

「丸井、これに火をつけてくれる?」

何本か手持ち花火を消化したところで、幸村君にそう頼まれた。
幸村君は俺のへの気持ちを知っていて、気にかけてくれている。
仁王がと付き合っていると告白した日もケーキをごちそうしてくれた。
だから俺は頷いてチャッカマンを受け取る。

打ち上げ花火みたいに簡単に、俺の心も吹っ切れればいいのに。
そう願いを込めて、導線に火をつけた。

「丸井、離れて」

幸村君の言葉に促されて、砂浜を走った。
このままこの場所から逃げ去ってしまおうかとも思ったけれど、花火が気になって振り返った。
空に昇っていく光に足を止める。
パン、という破裂音とともに開いた花火は思ったよりも大きかった。

「幸村先輩、次俺、俺が火つけたいっス!」
「あぁ、頼んだよ、赤也」

赤也が続けざまに三本の打ち上げ花火に火をつけた。
少し涼しさを帯びた夜空に咲く花火を見ていると、ちょっとだけだけど心が晴れる気がする。
仁王の隣で微笑んでいるを見ると、まだ胸が痛むけれど。

「やっぱ最後はこれだよな」

バケツの中は燃え尽きた花火でいっぱいだった。
最後に残ったのはヒョロヒョロした線香花火だけだ。
が部活のときみたいにみんなに一本一本手渡していく。

「はい、丸井くん」
「あ、あぁ、サンキュ」

受け取り損ねてしまい、落ちた線香花火を拾おうとしたら同じく手を伸ばしていたと指が触れあってしまった。
悔しいけれど、どきっとしてしまう。
……告白もしないで失恋したけど、俺は、のことが好きだ。

「誰のが一番最後まで残ってるか、勝負しませんか!?」
「いいね、赤也。やろうか、みんな」
「うむ。では勝者以外は、明日の練習試合の後に校庭五十周だ」
「げっ……言わなきゃよかった……」

はどうするんだろう。
……まぁ、走らされることはないと思うけど。
を見ると、やっぱり不安そうな顔をしていた。

が負けたらどうするんじゃ?」

言おうかどうしようか迷っていたら、同じ疑問を仁王が口にした。
そうか、そうだよな。アイツがの恋人なんだし。
チクリと胸の奥が痛むのと同時に、どこか安心もした。
仁王は何を考えているかよくわかんねぇやつだけど、ちゃんとのことを考えてる。

「例外はない。も校庭五十周だ」
「冗談は年だけにしなよ、真田。さんは俺たちに簡単な差し入れでも用意してくれたらいいから」
「う、うん。わかった」

幸村君の真田への厳しいツッコミとともに、の罰ゲームも決まった。
枝に焚火のように火をつけ、みんな同時に線香花火に灯りをともした。
九人で輪になってしゃがみこむ真剣な姿を外からみたら面白いだろうな。

「いよいよ夏も終わりって感じっスね」
「暦の上ではとっくに秋だがな」
「今年は特に暑い夏でしたね」
「そうだね。でも、夏はまた来るよ」

線香花火を見ながらみんなが思いを馳せているのは、一緒に戦い抜いた全国大会のことだろう。
俺もそれを思い出して、ひととき失恋の痛みを忘れた。

「あっ!」

赤也が大きい声を出す。線香花火の光がぽとりと落ちたのだ。

「赤也、お前は無駄な動きが多いのだ。修業が足りん! ……むっ!?」

真田が怒鳴りと同時に、真田の線香花火も落ちた。
みんなが手を揺らさないようにして笑った。

やがてひとり、またひとりと線香花火の光が小さくなり、消えていく。
粘っていた俺の光も消え、そのあとにの光も静かに消えた。
勝ったのは、誰もが予想していたことだと思うけれど、幸村君だった。


「ブン太」

後片付けも終えた帰り道、ジャッカルが声を掛けてくる。

「なんだ、その、こういうのは時間が解決してくれるもんだろ。だからよ、あんまり落ち込むなよ……っていても、難しいかもしんねぇけど」

ジャッカルがぼそぼそと話して、髪の毛がない、文字通り頭を掻いた。
こいつらは……幸村君を始め、柳も柳生も俺を励ますようなことを言ってくれた。
放っておいてくれ、と思ったけれど、やっぱりこういう仲間がいるのはありがたいもんだな。
赤也と真田は鈍感で、それが助けにもなっている。

「ジャッカルがゲーセンで好きなだけ奢ってくれるってんなら、元気が出そうなんだけどな」
「ブン太……ったく、制限時間は十分な」
「短くねぇ?」

ジャッカルと今度部活の後にゲーセンに行く約束を取り付け、俺は幸村君の背中を追った。

「幸村君、ありがとうな」
「なんのことだい?」
「今日、来てよかったよ、俺」

幸村君はいつものように微笑んでいる。
きっと今日は、俺のために花火を企画してくれたんだろう。

「俺がみんなと花火をしたかっただけだよ」
「そっか。それでも、ありがとうな」
「……フフッ。罰ゲームがあるんだから、明日もちゃんと来るんだよ」
「わ、わかってるって」

ジャッカルとも約束したし、明日からはまた部活に顔を出そう。

もう少し気持ちが落ち着いたら、に好きだ、と告白しようと思う。
振られることが決まっている告白だけど、そうすればやっと吹っ切れる気がする。

九つの光が静かに爆ぜる今日の風景は、俺の中で忘れたくない光景として焼き付いた。


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パノラマ線香花火  15.3.3