「みんな、動きが悪くなってきているよ」
「む、無茶言わないでくださいよー!」

他校との練習試合を終え、昼食を挟んだあと俺とさん以外のみんなは約束の五十周を走っていた。
夏のピークを過ぎたとはいえ、まだ炎天下と言えた。
けれどうちの連中がこのくらいで根を上げるわけもなく、赤也も口では泣き言を言っているがまだまだ余裕がある。

「みんな、がんばってー!」

さんは約束の差し入れの他に五十周のためにドリンクを用意していた。
簡易テーブルを設置してみんなが好きなときに水分補給できるようにしている。

さん、元気になってきたみたいだね」
「え?」
「夏休み明けくらいから、少し雰囲気が変わっただろう?
 引っ越すかもしれないと言っていたから、そのせいだと思っていたんだけど……違ったかな?」

彼女は目を見開いてから、視線をさまよわせた。
夏休み明けから物思いにふけっていることが多いのは、そのためだけではないのかもしれない。

「うん、そんなところ。……よくわかったね、幸村くん」
さんは俺たちにとって大事な存在だからね」

本心からそう返すと、彼女はなぜか苦しそうな顔をした。
……まただ。喜んでくれるかと思ったけれど、彼女は最近こういう表情をすることがある。
仁王と仲が良くなってからは前の彼女に戻ってきたようだけれど、まだなにか不安なことがあるのかもしれない。

「仁王は優しくしてくれるかい?」
「うん、すごく優しい。頼りにしてるよ」

やっとさんの顔が明るくなって安心した。
仁王とも急に距離が近づいたように見えたけれど、夏休みの間になにかあったのかもしれない。
それまでの彼女たちは今のように気付いたらお互いがそばにいるようなことはなかった。
俺にはどこか不自然に思えて心配だったけれど、この感じならきっと大丈夫だろう。

「それならよかった。泣かされた俺に言うんだよ」
「あははっ……ありがとう、幸村くん」

彼女と仁王にはなにか秘密がある。
けれどそこに踏み入ることは決してできない気がした。


「みんなお疲れさま!」

やっと五十周を走り終わった。
まだ真夏みたいなもんだ、これはキツい。
が補給ドリンクを用意してくれていなかったら誰か倒れていたかもしれない。
ただひとり勝者の幸村はの隣で文字通り涼しい顔をしている。

「本当に簡単なものしか用意できなかったけど、差し入れどうぞ」

そう言っては大きなタッパーのフタを開けた。
ハチミツとレモンの爽やかな香りが途端に広がる。
息を切らしたみんなが一斉に群がっていった。

先輩、あざっす!」

真っ先に飛びついた赤也がに向かって口を開く。……なにをしとるんじゃ、アイツは。

「え、えっと……はい」

赤也よりもの反応に驚かさせる羽目になった。
はなぜか、赤也にハチミツレモンを食わせてやっている。
……今、俺と付き合ってることになっているのを忘れているんじゃろうか。

「やめなさい、赤也君。仁王君が怒ってしまいますよ」
「いやぁ、すんません、仁王先輩。本当にやってもらえるとは思わなくて……」
「え? あ、ご、ごめん、仁王くん」
「……別にええけど」

本当に別に構わないはずなのに、イラついてしまうのはなぜだろう。
振りだけでもしていると気持ちが入ってしまうものなのだろうか。
俺のイリュージョンは相手の精神性までなりきれるよう訓練しているところじゃし。

「みんな、お疲れ様。クールダウン・ストレッチをして帰ろうか」
「イエッサー!」


赤也のあーん事件でみんな気を利かせたのか、帰りはと二人きりになった。
腹が減りすぎてハンバーガーショップに寄ることにする。

「さすがに疲れたのう、今日は」
「ふふ、お疲れさま、仁王くん」

はバニラシェイクを頼んでいた。
俺はテリヤキバーガーを開いてから、イタズラを思いつく。

「疲れすぎて指があがらん。、ポテトを食わせてくれ」
「えっ?」

の瞳が戸惑うように揺れた。
なんじゃ、赤也のときは対して躊躇しなかったのに。

「赤也にはできて俺にはできないんか?」
「そ、そんなことないけど……なんだかちょっと、恥ずかしいな」

実際顔を赤くしながら、はそっとポテトをつまんだ。
……そんな顔をされると、イタズラを仕掛けたこっちの方まで照れてしまう。

「……」

しかしいまさら後には引けない。
ぱくり、と差し出されたポテトに食いつく。
味のことなんて考えもせずに数回噛んで飲み込んだ。

「き、昨日の花火楽しかったね」
「あ、あぁ、そうじゃのう」

が話題を変えてくれて助かった。

赤也と真田の掛け合いを思い出したりしてひとりきり笑う。
幸村のおかげで、丸井も少し気持ちが落ち着いたようだ。
幸村には本当に感謝しなければいけない。

「ここは、いい世界だね」

まばたきの瞬間に零されたの一言が胸に落ちる。
もう、戻れなくてもええんじゃないのか。
不意に口から出そうになった言葉を、ハンバーガーの最後の一口と一緒に飲み込んだ。


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染まれど熟れず  15.3.15