「柳生くん、お疲れ様」
「ありがとうございます、さん」
「桑原くん、お疲れ様」
「ああ、サンキュー」

が新しいタオルとボトルを三年連中ひとりひとりに渡していく。
赤也に泣きつかれて以降度々コートに通うだが、真田の「赤也を甘やかすな」という命令によりが面倒を見るのは俺たちだけだ。
異世界でもマネージャーをしていたというは、元の世界と勝手が違うといけないから、と仕事の範囲が狭いことに安堵していた。
……それにしても、「異世界」なんて単語を使うことにも大分慣れてしまったのう。

が赤也に泣きつかれた一週間前、俺はに頼まれた通りレギュラーのことを説明したが、説明する必要もないほどはこいつらのことを理解していた。
外見や口調が微妙に異なることはあったが、名前や大体の性格は自分の世界とほとんど変わらないという。
俺はの世界に住む俺のことをなぜだか聞く気にはなれなかった。
ともあれ、の存在が俺にとっても違和感がなくなってきているのは、そのせいもあるだろう。

「仁王くん、お疲れ様」
「ん、サンキューな」

俺もからボトルとタオルを受け取る。
みんなの前で俺もの記憶があるかのように振る舞うとき、俺たちは共犯者のように視線を交わす。
また一瞬だけそうして沈黙の時間を共有してから、は丸井のもとへ移動した。


「なぁ、お前と、なんか隠してねぇ?」

基礎練と練習試合が終わり、部室で丸井がそう訝しげに問いかけてきたとき、俺はそれを認めるように硬直してしまった。
しかしすぐにさりげなく着替えを再開する。

「お前ら最近、こそこそ一緒にいること多いし」
「あ、それ、俺も思ったっス!」

困ったことに、赤也も便乗してきた。
鋭い幸村や柳だけに気付かれるならまだましも、この二人に感づかれているとなると全員に怪しまれているに違いない。

「もしかして先輩たち、付き合ってるとか?」

本当のことを言うわけにもいくまい、どうせ信じられないだろうが、さてどうしようかと考えているうちに、赤也がニヤニヤしながら聞いてきた。
……なるほどのう、そうきたか。
異世界だのなんだの非日常すぎて感覚がずれてきていたが、確かに男女が不自然に一緒にいればそう考えるのが普通だろう。

ニヤニヤしている赤也に対して、丸井は不機嫌そうに押し黙った。
丸井はが好きなのだから、当然の反応だろう。
俺とが付き合っていることにすれば、二人でいてももう怪しまれることはないし、が元の世界に帰れるよう調査を進めるにしても都合がいいかもしれない。
それから丸井の気持ちを考えた。
ここで俺が嘘でも頷けば、丸井は失恋したことになる。
それかニセモノの記憶から生まれたニセモノの恋心だったとしても、丸井は傷つくだろう。

赤也だけがどうなんスか、仁王先輩、と急かす中、俺は深く考えて結論を出した。
丸井と赤也だけじゃない、幸村も真田も黙々と着替えながら俺の返答を待っているのがわかる。

「……実は、そうなんじゃ。黙ってて悪かったのう」

すまん、丸井。
俺はが自分の世界に帰ることを最優先に考えた。
今は傷ついたとしても、が元の世界に帰ったとき、丸井は失恋の痛みごとのことを忘れるはずだ。

「やっぱりな! 隠すことなかったのに、水臭いっスね、二人とも」

赤也が楽しそうに言うかたわら、着替えを終えた丸井がバン、と勢い良くロッカーの扉を閉める。
お疲れ、と吐き捨てるように低い声で呟き、ひとり部室を出ていった。
……のためにも、丸井のためにも、早く解決しないといかんな。

「機嫌悪いっスね、丸井先輩。やっぱ黙ってたからじゃないっスか?」

赤也は丸井の気持ちには気付いていないらしい。
この部屋で知らないのはおそらく赤也と真田だけだろう。
俺のカミングアウトに空気が少し重くなったのはそのためだ。
幸村のおめでとう、の一言を皮切りに口々に祝福の言葉をかけてはきたが、みんな手放しには祝っていなかった。
真田は不純異性交遊などたるんどる! と、別の意味で祝っていなかったが。

「丸井のことは俺たちでフォローしておくから、心配しなくていいよ」

に付き合っている振りをすることになったと、早く伝えなくてはならん。
微妙な空気からも抜け出したくてすぐに部室を出ようとすると、俺を呼び止めた幸村は赤也と真田に聞こえないようにそう囁いた。
柳生や柳とも一瞬目を合わせ、頷くように頭を下げた。


、帰るぜよ」

外で備品のチェックをしていたに声を掛ける。
俺たちは付き合っていることになった、なんて言いにくくてしょうがないが、に言わなければ始まらない。

「仁王くん、お疲れ様。みんなは待たなくていいの?」

さっき、丸井くんは大急ぎで帰ったみたいだけど、と出口の方に目を遣りながらが言う。
俺は少し目をそらした。

「今日は二人で帰るナリ。話があるんじゃ」

すぐに分かった、とうなずくは俺がなにかいい案を思いついたんじゃないかと期待しているのかもしれない。
俺の話は期待外れどころか、寝耳に水もいいところだろう。


「……え?」

海沿いの歩道を歩きながら、は案の定あっけにとられた顔で聞き返してきた。

と俺、付き合ってることになったんじゃ。すまんが、話を合わせてくれ」

俺はさっき言ったばかりのセリフを一言一句違わず繰り返し、事情を説明した。

「そっか、私たち、怪しまれてたんだ……」
「まぁ、考えてみれば無理もないじゃろう」

確かにこそこそ二人で話していることは多かったし、俺たちは部活のときも一緒にいることが多かった。
は唯一本当の話を打ち明けた俺のそばにいることがほとんどで、それも仕方のないことだろう。
のことを認識している丸井たちより、認識していない俺の方が頼りにされるというのはなんともちぐはぐな話ではあるが。

には悪いが、それでええな?」
「うん。私は構わないけど……仁王くんこそ、いいの?」

その、好きなコとかいたら勘違いされちゃうし……とは申し訳なさそうな顔でこちらの様子をうかがう。

「おるように見えるか?」

逆に問いかけると、は少し沈黙してから、ううん、見えない、と素直に答えた。

「気にしなさんな。これで今までよりやりやすくなるじゃろう」

少なくとも堂々と二人で秘密の話ができる。
内容はどっちみち聞かせるわけにはいかないが。

「そうだね。ありがとう。じゃあ、仁王くんの人生、少しだけ私がいただきます」
「……お前さん、なかなか面白いことを言うのう」

異世界の人間に少しばかり人生をやるのも悪くはない。
他のやつらよりはきっと、特別な人生になるだろう。

俺たちはまだ続いていく夏の終わりの中で、手を取り合って見せかけのワルツを踊る。
世界に踊らされているだけかもしれないが、それも悪くないと微笑を浮かべる。
今は踊らされていても、今まで知らなかった世界の秘密を、と一緒に暴いてやる。


next→

index

華奢な嘘のワルツ  15.2.8