「俺イタリアンハンバーグとマルゲリータピザとシナモンフォッカチオとデザートにプリンとティラミスの盛合せとキャラメルとりんごのシブーストな」
「フフッ、相変わらずだね、丸井は。俺は地中海風ピラフにしようかな」
「俺ハンバーグステーキ! あとジェラート食いたいっス!」
学校近くのサイゼに入って冷房の効いた涼しさにひと息つくや否や、腹減ったーと口々にこぼしながら次々と注文が決められていく。
大体丸井や赤也が好き勝手言って、柳か柳生あたりが取りまとめて注文してくれる。
真田はこういった場所に慣れないのか、居心地が悪そうにもぞもぞしている。
幸村にエスカルゴを薦められて「う、うむ、ではそれにしよう」と頷いていた。
はというと、いつの間にかジャッカルと一緒に全員分の水を取りに行っていた。
「みんな、お疲れさま」
とジャッカルが水を運んでくると、みんな礼を言いながら受け取るなりあっという間に飲み干してしまう。
夏休み明けの最初の土曜、結局引退したはずの俺たちは全員揃って部活に顔を出していた。
高校でテニス部を続ける者は高校との合同練習に引き続き参加することが通例となっていたので、当然といえば当然なのだが。
部活が終わった後、まだ明るく暑い空気に参っていた俺たちは「涼しいところでご飯でも食べようか」という幸村の提案に飛びついた。
こうやって部活の連中でただ集まるというにもなんだか久し振りだ。
幸村が入院している間はそういったことを自粛する空気が自然と流れていたし、幸村が復帰してからは全国大会に向けて一直線だった。
みんなのテンションがどこか高いのも、久々に全員で気負うことなくがやがやと集まれたからかもしれない。
ただ当然、俺の記憶の中だけでは「全員」には含まれなかったのだが。
「もう一杯お水取って来ようか」
「いや、それだとお前が大変だろう。全員ドリンクバーでいいか? それなら各自好きな物を取ってくればいいからな」
柳の提案にみんな賛成する。
柳に目配せで礼をしながら、俺の向かいの席になったがようやく腰を落ち着けた。
ちなみに丸井はちゃっかりとの隣を確保している。
「、ドリンク取ってこようぜぃ」
「うん、そうだね。仁王くんはどうする? 何か取って来ようか?」
「いや、後で適当に選びにいくナリ。サンキューな」
柳が店員を呼んで注文を終えると、丸井は早速を誘っていた。
苦笑気味に返事をするとが少し不思議そうな顔で頷く。
「先輩、俺メロンソーダ!」
「赤也、お前なぁ」
「りょうかーい」
すかさず注文をつける赤也に丸井が呆れた声を返すが、は笑いながら快く返事をした。
こうしてみると本当にがいることは自然に思えてくる。
も数日テニス部の連中と付き合って、少しは慣れてきたようだった。
「のう柳生、異世界ってあると思うか?」
隣の柳生にさりげなく問いを投げかけてみる。
柳生は眼鏡の位置を直しながら妙に嬉しそうに返事を寄こした。
「おや仁王くん、SFに興味を持ったのですか? 私のお薦めでよければ、面白い映画のDVDをお貸ししますよ」
「……いや、せっかくじゃけど遠慮しておくぜよ」
それは残念です、と心から残念そうな声が返ってくる。
けどまあやっぱりフィクションの話だと思うよな。
むしろ真剣にあると思う、なんて言われたら俺は戸惑ってしまうだろう。こいつ、大丈夫か、って。
屋上庭園で互いの境遇を確認しあったあの日から、結局何一つわかったことはない。
真田が赤也の雑な部長っぷりに説教し、柳生がフォローしているのを聞き流しながらぼんやりとそんな非日常のことを考えていると、視界に小さな泡の浮かぶ液体が入る。
「ほう、ジンジャーエールか」
「暑いとたまに飲みたくなるんだよね、こういうの」
こういった店の飲み物は水で薄められているのか、やたらと透明度が高い。
しかしは氷を鳴らしながら美味そうに飲んでいた。
一緒に戻ってきた丸井は全部自分の分なんだろう、すでに三つもグラスを抱えている。
「にしても結局、部活も引退したって気はしねぇな」
ひと息に半分コーラを空けながら、丸井が悪い気はしなさそうに言う。
確かに放課後も休日も結局テニスコートに通っているから、引退直後のいいようのない感傷はすっかりどこかにいってしまった。
「も高校でもマネージャー続けるんだろぃ」
質問というよりは確認のように当然の調子だ。
けれどはジンジャーエールが咽喉に引っ掛かったような顔をする。
「う、……ん。じゃなくて、えっと、ううん?」
「……はっ!? 続けないのかよ!?」
丸井の大声にみんなが振り向いた。
「どうしたんスか?」と赤也が尋ね、柳生が軽く説明する。
すると他の連中も一様に驚くような顔をした。
の答えが予想できていたのはこの中でたぶん、俺だけだろう。
「先輩、なんでっスか!?」
丸井だけでなく身を乗り出した赤也にも問い詰められ、はますます答えに窮した。
いたずらにストローを掻き回すジンジャーエールのグラスがだらだらと汗をかいている。
「赤也、きちんと座らんか」と真田が怒鳴るが、その真田もから目を離さない。
「ひょっとして外部を受けるのか?」
沈黙したに答えを与えたのは柳だった。
はそれを聞いて弾けるように顔を上げ、「そう、そうなの」と頷く。
「まだ決定じゃないんだけど、お父さんの仕事の都合で……引っ越すかもしれないから」
「なんだよ、それ……聞いてねぇし」
丸井は不貞腐れたように呟き、残っていたコーラをストローも使わず一気飲みした。
今度は炭酸にむせて苦しげに咳をする。
「大丈夫?」と慌てて水を差し出すが、一瞬困ったような顔で俺を見た。
俺にはの考えていることがわかる。
この世界に突然現れたは、逆に言えばいつこの世界から消えるかわからない人間だ。
今は元の世界に戻る気配もないけれど、実際何がきっかけとなるかわからない。
それに何もわからないからといって、いつまでもこの世界にいる訳にはいかないと思っているだろう。
はここではない、元の世界に戻りたいのだ。
「、まだ決まっている訳じゃないんじゃろう。いつになるのかも」
「それは……そうだけど」
何を言いたいのかわからない、という顔でが答える。
「だったらまだ気にせんでええんじゃないか。そのうち答えが見つかるまで、今を楽しんどけばええと思うぞ」
いくら元の世界に戻りたくとも、見当もつかないのなら仕方がない、とりあえず現状を楽しんでしまえばいい。
少し楽観的すぎるかもしれないが、どうしようどうしよう、と落ち込んだり塞いでしまうよりずっと健康的だろう。
幸いは俺抜きにしても、この世界でひとりなわけじゃない。
たとえ偽の記憶だとしても、仲間と認めてくれる連中がいる。恋心を抱いているやつすらも。
「……そうだね。本当に、まだどうなるか全然わからない話だから。ね、私、立海の高校に入ったらまたテニス部のマネージャーをやるよ」
「当然だろぃ。ったく、びっくりさせやがって」
「絶対っスよ、先輩! ちゃんと俺を待っててくださいね!」
「うむ。またがいてくれれば助かるな」
いつの間にか運ばれていた料理にようやく手をつけながら口々にを歓迎する連中に、けれどはこっそりと寂しげな笑顔を見せた。
……ももしかしたら、みんなの気持ちが本当は偽物なのだと考えているのかもしれない。
けれど、だとすれば。
に本物の感情を抱くことができるのは、この世界で俺だけなんじゃないだろうか。
一瞬浮かんだ考えは、の飲んでいるジンジャーエールの泡とともにそっと姿を潜めた。
……なんだか俺もジンジャーエールが飲みたくなってきたな。取ってくるか。
勢い良く飯を食べながらがやがやと賑やかな話題にシフトしていく席を立ち、ひどく透明なそれを求めた。
会計は赤也と以外で割勘になった。食べた量が量だから丸井だけ若干多めだが。
は頑なに自分の分を支払うと粘ったが、結局幸村の一声で大人しくなった。
異世界の人間もやはり幸村には勝てないらしい。
外は夕暮れにも関わらず相変わらず熱気に包まれていた。
海沿いのバス停に並んで全員でバスを待ちながら、地平線に沈んでいく夕陽を騒がしく眺める。
「まだまだ夏は終わりそうにないな」
ふと静かになったとき誰かの呟いた一言に、潮風に泳ぐ髪を押さえながらがそっと頷く気配がした。
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冷えたジンジャーエールの透明度 11.3.26