宮部みゆき、川上弘美、児童書に少しだけ置いてあったライトノベル。
とりあえず「異世界」や「トリップ」がキーワードとなる蔵書を手分けしてかき集めたが、やはりというか当然というか、フィクションしか見あたらない。

「こうして集めてみると、改めてファンタジーかSFでしかありえないって思い知らされるね……」

放課後の図書室で机にそれぞれ抜き取ってきた本を積み、とりあえずため息をついてしまう。
異世界へのトリップについて研究された専門書など一冊も見当たらなかった。

「まあ、何も調べないよりはマシじゃろ。あとは記憶関係の方から探ってみるか。そっちならまだ参考になりそうな本が見つかりそうじゃ」

集団で記憶が書き換わる事例なんてものは載っていないかもしれないが、やっぱり調べないよりはマシだろう。
途方に暮れていたもそうだね、と頷き、また各々蔵書を集めてくることにする。

「やあ、さんに仁王じゃないか。二人でこんなところにいるなんて珍しいね」
「幸村か」

悪いことをしているわけではないが、思わずびくりとしてしまった。
も少し目を見開いて驚いている。
すでにわかっていたことだが、やはり幸村もの記憶を持っていた。
幸村ならもしかして、と期待したが、神の子といえど例外ではなかったようだ。
……まあ、神の子っていうのはあくまでテニスプレイヤーとしての二つ名だからのう。

「えっと、課題みたいなものなんだけど、ちょっと調べ事があって」
「へえ。何か手伝えることはあるかい?」
「ううん、大丈夫。ありがとう。幸村くんはどうしてここに?」

ナイスな対応じゃ、
幸村が親切心にせよ面白がってにせよ首を突っ込んでくるとちょっと面倒だ。
の視線の先、幸村の腕に数冊植物関連の本が抱えられていた。

「ああ。秋に植える花について調べようと思ってね。まだまだ暑いけれど、もう少ししたら屋上庭園にも秋の花がたくさん咲くと思うから、よかったら見に来てくれ」
「うん」
「仁王は授業中以外に見に来てくれよ」
「……プリッ」

相変わらず痛いところを突いてくる。
幸村はハハハ、と笑っているが、その笑顔が怖いんじゃけどのう……。

「二人とも、今日は部活には顔を出さないのかい?」
「うん、早く調べておきたいからそのつもりだよ」
「わかった。俺は後で様子を見て来るから、赤也や丸井に聞かれたらうまく誤魔化しておくよ」
「……ああ、頼むナリ」

誤魔化す、という幸村の言い方には首を傾げたが、丸井の名が出てきて俺にはなんとなくわかった。
丸井がのことを好きだと、幸村は知っているのだろう。
俺とが二人とも来なくて、しかも一緒にいると丸井に知れたら少し面倒なことになるかもしれない。
……幸村はどこか楽しそうに見えたが、まあ気にしないでおく。

「じゃあ、俺は行くよ。庭園の世話もあるし」
「うん。またね」

手を振るに笑顔で答え、幸村は本を抱えたまま機嫌良さそうに去っていった。

「……ふぅ。緊張した」
「ああ。あいつは鋭いからのう、うまくかわさんと面倒なことになる」

が異世界から来たなんて、今の様子じゃ誰も信じないだろう。
下手すれば二人して嘘吐き呼ばわりされて終わりだ。
……まぁ、俺は慣れとるけど。

「……よし、じゃあ記憶についての本、探してくるね」

は気合いを入れるように笑顔でそう言うと、早足で本棚へと向かった。
負けてられんな。
窓から通る夏の日差しに追いかけられるの背を見ながら、俺も一歩踏み出した。


「……今日はここまでかのう」
「結局なんにもわからなかったね……」

記憶に関する専門用語には多少詳しくなったが、や俺や俺たちの周りで起こっていることはどれにも当てはまりそうにはない。
まだまだ外は明るいが、下校時間が近くなっていた。
なにより手探りで手当たりしだい調べ物をしていたらかなり疲れてしまった。

「仁王くん、ちょっと待ってて」

残ったファンタジー小説なんかは手分けして持って帰って読んでおくか、なんて話していたら、が急に立ち上がる。
思わず頷いてしまうとあっという間に駆け去って行った。
真田や柳生に見られたら「走るな」と説教をくらうじゃろうな。

これが物語だったら、主人公はやはりだろうか。
どこか夏の終わりが似合う雰囲気を持っているし、がこの世界にきたことにはひょっとしたら何か意味があるのかもしれない。
肘をついてぱらぱらと小説を捲りながら、束の間そんなことを考える。

「仁王くん、お待たせ!」

の声に、ぼんやりと考えていたことが白昼夢が消えるように霧散した。
は息を切らせて少し汗をかきながら、購買の袋を目の前に掲げている。

「アイス買ってきちゃった。売り切れ間際だったよ、もうオレンジしか残ってなかったんだけど」

急いでどうしたのかと思ったら、そんなもんを買ってきていたのか。
ビタミンカラーのアイスキャンディーをはいっ、と渡されてなんだかくつくつと可笑しくなってきてしまう。

「気が利くのう。サンキューな。いくらじゃったっけ、これ」
「え? いいよ、気にしないで。今日付き合ってもらっちゃったから」

が慌てたようにぱたぱたと手を振る。
ここは冷房が効いているがまだ少し暑そうで、そのまま自分を扇いでいた。
俺も手に持っていた本で扇いでやると、ありがとー、と間延びした声が返ってくる。

「なんじゃ、そっちこそ気にせんでええのに。他のやつらと記憶が違うきに、俺だって無関係な訳じゃなか」
「うーん、でも仁王くんは、本当は私のことなんて無視しちゃってもいいはずでしょう? なのにこうやって一緒に考えたりしてくれるから、ほんとに心強いし感謝してるの」

……確かに。俺の記憶にの存在はないが、逆にいえばの存在がないだけだ。
俺にとってはを無視、とまではいわなくても関わらずにいれば、それだけで済む問題なのかもしれない。
最初は気になるかもしれないが、いずれ自然との存在を忘れていくだろう。

「……何言っとるぜよ。こんな状況、放っておくわけにはいかんじゃろ」

ぱこん、とを扇いでいた本で軽く頭を叩いてやる。
考えても調べても分からないことだらけで頭は痛いが、このまま何もなかったことにして自分だけ身を引く気にはなれない。
俺にだって一応、常勝立海の魂は宿っているしのう。
は頭をさすりながら、顔を上げて微笑んだ。

「……うん。ありがとう。じゃあこれからもよろしく、ってことで。……っていうか、アイス溶け始めてるよ!」
「いかん、早く食うナリ」

袋の中でジュースになってきているアイスキャンディーを二人して慌てて頬張った。
甘ったるいのに爽やかなオレンジの香りを感じる余裕もなく口と手をベタベタにしながら、愉快になってきて顔を見合わせて笑ってしまう。

「ごちそうさん、

照れたように微笑むの顔に少し西日になった日差しが当たり、眩しそうに目を細めていた。


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アロマティコ・アランチャ(薫りのいいオレンジ)  11.3.26