放課後のテニスコートにはまだ蝉の声がやかましく響いていた。
たった数日前より人数の減った部員たちが赤也の前に集まっている。
やってるやってる、と丸井は笑っているが、うずうずと身体を動かしていた。
俺もこうして見ていると、すぐにでもテニスをしたくなってくる。
「あ、先輩たち!」
部員たちに指示出しを終えた赤也が俺たちを見つけてすぐに走り寄ってきた。
なんだか寂しがってた犬っコロみたいじゃのう。
「先輩たちも来てたんスね。マジなんとかしてくださいよ! 真田副ぶちょ……先輩を!」
しかし赤也は真っ先に泣きついてきた。
原因はコートの中で腕を組んで仁王立ちしている真田だ。
どうやら朝練からやってきて、赤也の新部長っぷりを見張っているらしい。
真田らしすぎて何も言えん。
「何とかしろ、って言われてもなぁ。ま、頑張れ」
「丸井先輩、そりゃないっスよ……そうだ、先輩! 先輩もマネに復帰してくださいよ!」
赤也は無邪気ににねだった。
……なるほど、やっぱり赤也にもの記憶が備わっているらしい。
「え、えっと、そう言われても……」
「そこをなんとか! 二年のマネじゃ真田先輩には太刀打ちできねぇし!」
パン! と目の前で両手を合わせる赤也には困ったような顔をした。
この赤也になにも思い入れなどないのだから、それは当然だろう。
だが赤也が「お願いします! ヒマな時だけでいいんで! 可愛い後輩を助けると思って!」と畳みかけるとは気圧されたように頷いた。
「毎日は来られないと思うけど」
「マジで! 十分っス! サンキュー、先輩!」
「しょうがねぇな、そんじゃ俺もお前らの面倒見てやるよ」
丸井の言葉に赤也はちょっとぎょっとしたが、真田だけにいられるよりはマシと思ったのだろう、よろしくお願いします、と素直に返事をした。
丸井はきっと、がいるから、という理由も大きいのだろう。
「仁王くんはどうする?」
問い掛けてきたの瞳は明らかに来て欲しい、と訴えていた。
の複雑な事情を理解しているのは俺しかいない。
頼まれずとも行く気ではあったが、その目があまりに必死なので思わず少し笑ってしまう。
「ああ。俺もちょいちょい参加するかのう。高校まで何もせんと腕も鈍るからな」
「に、仁王先輩もっスか……」
「なんじゃ、不満か? 赤也」
「い、いえ、全然! 嬉しいっス!」
文句でも言ってきたら引退式で赤也がボロ泣きしている写メを突き付けてやろうと思ったが、どうやら必要ないらしい。
「よう、お前らも来てたのか」
「これはこれは、皆さんお揃いで」
「ふむ。予想通りだな」
今度はぞろぞろとジャッカルに柳生、柳が現れた。
揃いも揃って考えることは同じだな、と呆れながら様子を見るが、とりあえず誰もを見て不審がるやつはいない。
「なんだよ、お前らも来たのかよ。幸村君は?」
「幸村は屋上庭園の手入れをしてから来るそうだ」
ああ、幸村君あそこの世話頼まれたんだっけ、と丸井が納得した様子で頷く。
「せ、先輩たち……なんで揃いも揃ってここへ……」
「赤也君がきちんと部長をこなせているか、心配になりましてね」
「まだ不慣れなことも多いだろう。しばらくは俺たちがサポートしてやるから心配するな。弦一郎だけに負担を掛けさせる訳にはいかないしな」
「そういうこった。俺たちもちょっとは身体動かしておきたいしな」
は、はは……と乾いた笑いをもらす赤也を囲んで、結局はいつものメンバーが勢揃いしてしまった。
俺の目にはやはりだけは馴染まない光景だが、他の連中は「もまたよろしく頼む」、と声を掛けたりして不思議に思うやつはいない。
どうやら本当に、が存在しなかったことを知っているのは俺だけらしい。
みんなから少し離れて観察していると、がそっと輪から外れて近寄ってきた。
どうやらかなり気疲れしているようだ。
「お疲れさん。大丈夫か?」
「うん。ありがとう。仁王くん、本当に悪いんだけど、あとでみんなのこと教えてもらえるかな」
「あぁ。任せときんしゃい」
の世界とどんな違いがあるかはわからないが、少なくとも元レギュラー陣のことは頭に叩き込んでおいた方がいいだろう。
「まあ、ゆっくり解決策を探せばいいぜよ。賑やかな連中じゃ、あいつらと一緒なら退屈もせんし、寂しくもならんじゃろう」
昨日泣きそうになっていたの顔をつい思い出してしまう。
肩を落としていたは驚いたようにぱっと顔を上げた。
「……うん。ありがとう」
どうやら欲しかった言葉を掛けてやれたらしい。
の笑顔はどこか、終わっていく夏の光を感じさせる。
まだ輝きに満ちて、それでいて今にも消えいきそうな儚さを思わせる。
……またポエマーなことを考えてしまったな。しばらく柳生の変装はやめておくか。
「お前ら、何してんの。早くコート行こうぜ」
俺たちに気づいた丸井が駆け寄りながら声を掛けてくる。
丸井に急かされては小走りにコートへ向かった。
その背中をまだまだ夏が色濃く残る空気が染める。
蝉たちもまだ生きているぞ、と叫ぶように鳴き続けていた。
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夏の残滓を啜らせて 11.3.26