「おはよう、仁王くん」
「おはようさん」

一夜明けても状況は何も変わっていなかった。
俺にの記憶はなかったし、けれどは隣の席に座っていたし、やはり俺以外の人間は当たり前のようにの存在を認めていた。

「……どうじゃ、何かわかったか?」
「ううん、まだ何も。家族も普通に生活してたし、やっぱり……こっちに来たのは、私だけみたい」

こっちに来た、と言葉にするときは少し言い辛そうだった。
自分でもまだ信じ難い気持ちでいるのだろう。異世界に飛ばされた、なんて。
……まあ、無理もない。俺だっての話を聞いていなければ、今頃自分の方がおかしくなったのだと思っていたかもしれない。

「そうか。まあ、いきなりわかったら苦労せんじゃろ。少しはこっちに慣れてからの方が動きやすいぜよ」
「そうだよね……。まだ結構混乱してるから、落ち着いてからゆっくり考えようかな」

ありがとう、とは微笑む。昨晩は眠れなかったのだろう、目の下に隈ができていたが、目が腫れているようなことはなかった。
どうやら泣き明かしたようなことはないみたいだ、と少し安心する。

「とりあえず普通の生活があるみたいだしね。ファンタジーな世界でいきなり戦え、とかにならなくてよかったよ」
「ははっ。そりゃ面白そうじゃのう」

しまった、面白がるところじゃなかったか、と一瞬ひやっとしたが、も笑っていた。
あんまり過剰に気を遣ってもも困ってしまうだろう。
そう考えると気が楽になって、俺たちは違う世界の人間だということを考えず他愛のない話を続けた。


「お前ら、二人揃ってまたそこの席なの? どんな確立だよ」

LHRの席替えで、前の席になった丸井は移動してきた途端俺たちを詰った。
確かにひょっとしてこれも変な作用が働いているんじゃないか、と妙に考えてしまう。
まあ、できすぎた偶然だとは思うが。

「仁王、お前席換われよ。どうせサボっていなかったりするんだからいいだろぃ」
「ほう。そんなにの隣がいいんか」
「ち、違ぇって! 普通一番後ろの方がいいだろ!」

小声で提案してきた丸井は焦ったように反論してから、バツが悪そうにの方を見る。
しかしは頬杖をつきながら窓の外を見ていて、俺らの会話は聞いていなかったらしい。
また自分の境遇について思いを巡らせているんだろうか。
丸井はほっとしたような、少し残念なような顔をしている。……面白いのう。

しかし、今まで持っていなかった(はずの)の記憶を持った途端好きになっているというのも不思議なものだ。
が最初からこの世界にいたら、やっぱり丸井は恋に落ちていたということだろうか。
……考えてもわからないことばかりじゃな。

俺も窓の外に目を向けてみる。
ここからよく見える空と海は今日も呆れるくらい夏の色だ。


昼休みにはなぜか、各々の席で、つまり自然と三人で昼飯を食べていた。
俺ももう少し涼しくなったら外をうろつきたいところだが、今はまだ冷房の効いた教室から出る気にはなれない。

「なんかもう部活がない、ってのも変な感じだよな」

大量の弁当とパンを食べ終えた丸井がぼんやりとそんなことを口にする。
テニス部の朝練は今日から始まっているが、俺たち引退した三年は不参加だった。
夏までとは朝の過ごし方がまるで違うのはまだ少し変な感じだ。

「ちょっと寂しいよね、やっぱり」

俺が返事をせずにいると、がぎこちなく返した。
はもとの世界でも立海テニス部のマネージャーをしていたらしい。
だからその返答は演技とも言い切れないだろう。
しかしが寂しさを感じる思い出の相手は、俺たちではない。

「なあ、放課後赤也たちの様子見に行かねぇ?」
「……そうじゃの。新部長をからかいにでも行くか。も来んしゃい」
「う、うん。そうだね」

赤也をからかいたいのも本音だったが、テニス部の他の連中ものことを知っているのか、というのも確かめたいところだった。
ふとを見るとも俺に視線を向けていたところで、どちらともなくお互い小さく頷き合った。


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スカイブルー・ゲイザー  11.3.26