さん、今度の日曜あいてるかのう」
「うん! あいてるよ」

笑顔で返されてついほっとしてしまう。
だがOKをもらえるまでは安心できない。

「そうか。だったら、その……」

肝心の誘いの言葉を掛ける直前に、断られたらどうしよう、と不安になってきてしまった。
何をしているのですか、仁王君、と呆れた顔をする柳生が目に浮かぶ。
最初が肝心ですからね、と何度も釘を刺されていた。
さんはにこにこしながら続きを待ってくれている。
短く呼吸をしてから決心した。

「一緒に映画でも観に行かんか?」
「……行く! もちろん行くよ!」

嬉しそうに返されて、安堵以上にどぎまぎしてしまった。

「初めてのデートだね。嬉しいなぁ」
「そ、そうじゃのう」

はっきりデートと言われると緊張してしまう。
けれど足取りが軽くなったようにふわふわと歩くさんを見て心が和んだ。
こんなに喜んでくれるならもっと早く誘えばよかった、と後悔する。
だがこれでなんとかデートに誘うことはできた。

さん、何か観たい映画はあるか?」

柳生と話し合ってどの映画を観るべきかは決めていたが、さんの希望があるならそれが優先だ。

「あれがいいな、『アンナ・ジェンセンの場合』」
「そうか。俺もちょうどそれが観たいと思っていたところナリ」
「ほんと? よかった!」

さんが挙げたのはまさしく柳生と俺が選んだ映画だった。
今話題のラブ・ロマンスをデートで観るのは王道すぎるが、さんと恋愛映画を観るなんて俺にしてみればかなりの試練だ。
意識しすぎて変なことをせんように気をつけんとのう……。

「日曜の11時に駅前でええかの」
「うん! 楽しみにしてるね」
「ああ。俺もじゃ」

当日まで、あまり眠れんかもしれん。



案の定ちょっと寝不足ながらも、緊張やら楽しみやらで頭はむしろ冴えきっていた。
約束の三十分前、さんがまだ待ち合わせ場所に来ていないことを確認して呼吸を整えるように息を吐く。
頭の中で柳生と練った今日のプランを何度も反芻した。

「仁王くん」
さん」

さんが来るまでの15分間が長いようにも短いようにも感じた。

「ごめん、待った?」
「いや、俺も今来たところじゃ」

さっきから心の中で何度も唱えていたセリフを実際に声に出す。
それからやっとさんの姿をちゃんと見るだけの余裕ができる。
さんはやわらかい感じのワンピースを着ていた。
髪型もいつもとは違う。
……。

「仁王くん、私服かっこいいね。なんかますます大人っぽいなぁ」
「! さ、サンキューな。さんも……よう似合っとる」

さんが来たら、まずは私服を褒めるべきです。
柳生のその言葉を思い出したときには遅かった。
ぼうっと見惚れているうちに、さんに先を越されてしまった。
いかん。折角の初デートじゃ、しっかりせんと。

「それじゃ、行くか」
「うん!」



まったく、仁王君は何をしているのでしょうか。
少し離れたところから彼らを見守りながら、今にも出て行って彼を窘めたい気分でした。
待ち合わせでも衣装を褒めることなくさんをぼうっと眺めていただけですし(可愛らしすぎると見惚れていたのでしょう)、歩くときも手を引くどころかさんに歩調も合わせず、道路側を歩くこともなく(緊張しすぎて意識が回らないのでしょう)。
これでは到底、及第点はあげられません。それどころか悪印象を与えている恐れさえあります。

しかし彼の失態は留まることを知りませんでした。
あろうことか彼は映画の最中に居眠りをしてしまったのです(私は彼らの少し後ろにいましたが、彼の銀色の髪が舟を漕ぐように揺れているのは明白でした)。
さんとのデートのことを考えるあまりここ数日よく眠れていなかったようですし、同情するべきかもしれません。
けれどさんはご存じないことです。
彼女の目にはデートの最中に寝てしまう失礼な恋人としか映らないことでしょう。

このままさんが怒ってしまい破局の危機……なんてことにならないとよいのですが。
そのときこそ私の出番でしょう。
偶然を装って出ていき、なんとかうまく仁王君のフォローをしてみるしかありません。
何しろ私はまさに「何かあったらフォローしてくれ」と仁王君に頼み込まれ、このような真似をしているのですから。

私は言葉少なに喫茶店に移動した二人の会話を聞けるよう、近くの席を確保しました。
やはりというかなんというか、気まずい雰囲気が漂っています。

「あの映画、ちょっと退屈だったね」

そんな中、さんはそう口を開きました。
……寝てしまった仁王君を気遣っているのでしょう。
怒っているようではないことに安堵しましたが、全く、仁王君が情けないことには相違ありません。

「……すまん。寝てしまって」
「え? いいよ、そんなの! 仁王くん、部活で疲れてるんだし」
さん……」
「それより、お腹空いちゃった! ご飯頼もう」
「あ、あぁ。そうじゃの」

さんの優しさに心底落ち込んでいるであろう仁王君も少し救われたようです。
雰囲気もどうにか和やかになり、二人は落ち着いて会話を楽しみ始めました。
私も安心して紅茶を飲むことにしましょう。
おっと、二人に聞こえないように注文は小声でしなければなりませんね。


喫茶店を出た二人は、街を少しぶらついた後ゲームセンターに入っていきました。
私はこういったところに入るのは躊躇しますが、仕方ない、これも仁王君のためです。
……あぁ、騒がしい。店内の喧騒に嫌気がさしながら、二人の動向を見守りました。

「わぁ、すごい! 仁王くん、ありがとう!」
「これくらい、お安い御用ナリ」

仁王君はUFOキャッチャー(それにしても良いネーミングです)でさんのお目当てのぬいぐるみを無事取ってあげたようです。
どうやらここでならあまり心配する必要はないようですね。
……と思ってはいたものの、一通り回り、いくつかのゲームを楽しげにプレイした後、仁王君が傍目にみてもそわそわとし始めました。
理由はあまりにも明確です。
今回のデートプランを立てる際、彼が挙げたゲームセンターという案に、私は「それは感心しませんね」と反対しました。
それを彼は「どうしても」と押し切ったのです。「さんとプリクラが撮りたい」と。
しかしあの様子からして、それを言い出せずにいるのでしょう。
仁王君。ここが頑張りどころです。一番の目的を果たさずに、出て行ってはなりませんよ。

「あれ、柳生じゃん。こんなとこで何してんだ?」
「丸井先輩何言ってんすか、こんなところに柳生先輩がいるわけ……って、いた!」
「なんだ、珍しいこともあるもんだな」

……まずいことになりました。

「こ、これはこれはみなさん、お揃いで」

無視する訳にもいかずゆっくり振り向くと、丸井君と赤也君とジャッカル君が立っていました。
私は変装してくるべきだったと、今更ながら大きく後悔していました。

「柳生、一人かよ? マジで何してんの?」
「ゴルフのゲームでも入ったんスか? ……って、なんだ、仁王先輩と一緒だったのか」
「あぁ、本当だ。向こうにいるの、あんな髪してんのは仁王くらいだな」
「や、ジャッカル先輩もあんま人のこと言えないっスけど……」

なんということでしょう。
仁王君の姿も発見されてしまったようです。
このままではさんと仁王君のデートが台無しになってしまうかもしれません。

「おーい、にお……」
「ま、待ってください!」
「うおっ、びっくりした。なんだよ、柳生」
「実は今、仁王君とさんは初めてのデート中なのです。お願いですから邪魔をしないであげてください」
「え!? マジで!? つーか、初めてって、マジ?」
さんって、仁王先輩のベタ惚れの彼女っすよね!? 俺、ちゃんと見たことないんスよ。どれどれ……」
「お、おい、やめろって、赤也。邪魔しないでやろうぜ」

仁王君を呼ぼうとする丸井君を止めたはいいものの、話を聞いてくれたのはジャッカル君だけでした。
ああ、すみません、仁王君。
どうやらここまでのようです。


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バレバレ  12.3.5