「仁王くん、今度の球技大会何出る?」

まだ緊張してしまうさんとの帰り道、顔を覗き込むように聞かれ、大きくどきりとしてしまう。
しかし球技大会か。……実はサボる気でいたんだが。

さんは何に出るんじゃ?」
「私? 私はテニスにしたよ。仁王くんが好きなもの、やってみたいなって思って」
「! そ、そうか」

本当に可愛いことを言いよる……。
今日も心臓がもたなそうだ。

「すぐ負けちゃうかもだけど。そしたら仁王くんの応援に行くね。何に出るの? 部活のは選べないから、テニスじゃないよね」
「あ、あぁ。俺はバスケに出るナリ」
「バスケかぁ。楽しみ! うちのクラスと当たっても、私は仁王くんを応援するからね」

……これは、参った。
サボるどころか、さんの前でみっともないところを見せるわけにはいかない。
屈託のない笑顔に微笑み返しながら、心の中では勢いよく闘志を燃やしていた。



球技大会当日、私はテニスコートから体育館にダッシュしていた。
バスケの決勝は仁王くんのクラスとうちのクラスらしい。
間に合うだろうか。

本当はもっと前の試合から観る気でいたのだけれど、テニスの試合であれよあれよと決勝までいってしまった。
ダブルスで、私と組んだコが経験者ですごく強かったのだ。
私は授業でやった程度だったけれど、ビギナーズラックで点を取れたりもした。
仁王くんの応援には行きたいけれど、こなったら優勝を狙おう!
……とは思ったものの、部活ではなくスクールに通っているというダブルス相手にあっさり負けてしまった。

準優勝の余韻もそこそこに、私はコートを文字通り飛び出した。

「わ、すごい歓声……」

体育館に着くと、扉を隔てていても中の熱気が伝わってきた。
そうとう白熱した試合になっているのだろう。
乱れた呼吸を整える間もとらずに扉を開く。

「……っ!」

開けた瞬間、真正面からバスケットボールがすごい勢いで飛んでくるのが見えた。
けれど、避けられない!

!」

ぶつかる、と目を閉じた瞬間、名前を呼ばれてすぐに目を開く。
こちらへと飛び込んできた仁王くんが、目の前のボールをたたき落とした。
体勢を崩した彼はそのまま床に倒れ込む。

「仁王くん!」
さん、大丈夫だったか?」
「大丈夫だよ! 仁王くんは? ねぇ、怪我してない?」
「そう心配そうな顔しなさんな。なんともないぜよ」

仁王くんは困ったように微笑みながらひょい、と立ち上がる。
私は気が気じゃなかったけれど、仁王くんは逆に私を慰めるようにぽんぽん、と頭を撫でた。

「この通り、ぴんぴんしとる。さんも来たことじゃし、これから逆転しないといかんからな」

仁王くんの視線の動きにつられてスコアを見た。
うちのクラスの方が少しリードしている。
もう後半戦に入っているようだ。

「行ってくるナリ」

ひらひら、と手を振る仁王くんが本当に怪我をしていないのか、私はわからなくて泣きそうだったけれど、飄々としたその姿を見送るしかなかった。

「仁王くん、ありがとう。頑張って!」

仁王くんは振り返らないまま、背中でピースを作って応えてくれた。

丸井くんたちクラスメイトや、うちのクラスから出ている柳生くんも仁王くんに声を掛けているが、仁王くんは大丈夫、という風に頷いている。
タイムとなっていたゲームはそのまま再開されることになった。

再開された途端、わっと体育館中に広がる熱気が戻ってくる。

参加種目を決めるとき、なぜ球技大会にはゴルフがないのでしょう、と隣の席で珍しくぼやいていた柳生くんが、恐ろしくキレイなフォームでスリーポイントシュートを決める。

「ほたえなや、柳生」

そう言った仁王くんが、フェイントを多く交えたドリブルであっという間にシュートし、二点取り返す。
私は悲鳴混じりの歓声の中、翻る銀色の尻尾に見とれているしかなかった。

めまぐるしい応酬が続き、あっという間に互いの点が加算されていく。
汗だくになって駆け回る仁王くんに胸の奥がじんじんと熱くなる。
あれが私の好きな人、恋人なんだ、と心から誇らしさを感じた。

残り時間五秒、一点差でうちのクラスのリード。

「仁王!」

相手からボールを奪った丸井くんが、ゴール近くに控えていた仁王くんにロングパスを出す。

「雅治!」

飽和する歓声に負けないくらい大きな声で、私は彼の名前を呼んでいた。

仁王くんが銀色の髪を翻しながらしなやかに跳躍し、ボールがゴールを通過した瞬間、試合終了のブザーがなった。



「仁王くん、ごめんね」

夕暮れの帰り道、仁王くんは保健室で借りた松葉杖を片方だけ使いながらひょこひょこと歩いている。
やっぱり私を助けたときに怪我をしていたのだ。
軽い打身だったそうだが、試合で全力で動いて悪化してしまったらしい。
数日は運動禁止とのことだ。

「謝りなさんなって。さんのせいじゃなか。それにさんが無事ならそれでええ」

仁王くんは優しく微笑む。
まだ申し訳ない気持ちはあったけれど、なんだかすごく大切にされているな、と実感して心がじんわりと温かくなった。

「ありがとう。仁王くん、ほんとにかっこよかった。助けてくれたときも、バスケのときも」

普段の仁王くんや、テニスをしているときの仁王くんももちろんすごくかっこいいけれど、今日はまたいつもと違う彼を見られた気がした。

「改まって言われると、照れるのぅ。俺も見たかったんじゃけど、さんのテニス姿」
「え!? わ、私は一緒に組んだコが強かっただけだから、何もしてないよ!」

むしろ見られなくてよかった、と心底安堵しているくらいなのだ。

「あのコートでテニスできたのは嬉しかったけどね」

いつも仁王くんがここでテニスをしているんだな、と思うとなんだか胸が高鳴った。

「テニスは楽しかったかの?」
「うん! でも、やっぱり観る方が好きだなぁ」
「ははっ、そうか。それもええじゃろ」
「うん。また仁王くんの試合、観に行くね」
「……あぁ。さんが観てるなら絶対負けん」

夕焼けの空を海風が撫でていく。
今日の波は穏やかに潮騒を奏でていた。

「仁王くん、ひとつお願いがあるんだけど」
「なんじゃ?」

低くやわらかく響く彼の声がたまらなく好きだ。

「もう一回、って呼んで」

さっきまでの穏やかな表情とは打って変わって、仁王くんは驚いた顔で固まった。

「助けてくれるとき、呼んでくれたでしょ、『』って。またああやって呼んで欲しいの」

顔を覗き込むようにすると、仁王くんはあからさまに視線を逸らした。
それからはっと思いついたように顔を向けてくる。
すぐにちょっといたずらっぽい表情に変っていた。

さんが雅治、って呼んでくれたらいいぜよ」
「えぇ?」
「シュートのとき呼んでくれたじゃろ、雅治、って」
「き、聞こえてたの?」
「当然じゃ」

あの時は周りの歓声がすごかったから、きっと聞こえてなかったと思ったのに……。
夢中で彼の名前を叫んでしまったけれど、後で思い出して恥ずかしくなっていたのだ。
……でも、本当はずっと、そう呼びたかったのかもしれない。

「……いいよ。雅治」
「っ!」

仁王くんはあきらかに夕日のせいじゃないと思えるくらい顔を赤くしたけれど、きっとお互いさまだろう。
すごく照れるけど、約束は果たしてもらわなきゃ。
彼の袖を引っ張って、次は仁王くんの番だよ、と急かす。
……あ、私ももう仁王くん、に戻っちゃった。

「……」

仁王くんは顔を逸らしたまま、ぱくぱくと口を金魚みたいに開け閉めした。

「ほら、あの猫を呼ぶみたいにすればいいよ」
「だから、猫を呼ぶのとはわけが違うんじゃって」

猫のを思い出してそう言ってみたけれど、なんで「だから」なんだろう?
不思議に思っているうちに、仁王くんはぶんぶんと首を振ってしまった。

「……すまん。もうちょっと待ってくれんか」
「ふふっ。いいよ。ずっと待ってる」

今日の球技大会ではあんなにかっこよかったのに。
でも、こんな風にかわいい仁王くんも、私は大好きだ。


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格好良く見える瞬間  12.2.9