「仁王お前、のこといつまで苗字で呼んでんの?」
「……」
部活でラリー待ちの時に声を掛けると、仁王は不意を衝かれたような顔をした。
仁王にこんな顔をさせるのはなかなか難しかった。
……ちょっと前までは。
「今は正真正銘付き合ってんだろぃ。いつまでもさん、なんて呼んでちゃおかしくねぇ?」
「……丸井には関係なか」
仁王は手に持ったボールをぐりぐりと握りしめながら、ぷいとそっぽを向いた。
仁王にの話を振れば簡単に動揺するとわかってから、俺や赤也は今まで散々騙されてきた鬱憤を晴らすかのようにちょっかいをかけていた。
実際、のこととなると仁王は面白いくらい反応が変わる。
俺なんかいつも笑いをこらえるのに必死だ。
「でもよ、なんで名前で呼んでくれないのか、っても不満に思ってるかもしれないぜ」
「さんがそう言ったのか?」
完全に俺に背を向けていた仁王が急に勢いよく振り向いた。
……よっぽど焦ったんだろう。恐ろしく不安そうな顔をしている。
面白いを通り越して、なんだか気の毒な気がしてきてしまう。
「そうじゃねぇけどよ。そう思われてもおかしくないだろぃ。恋人同士なんだし」
「……」
仁王は俯いて沈黙したあと、じゃが、ともそもそ口ごもった。
こういう歯切れの悪さも、の話をしているときくらいしか見られないだろう。
「ちょっと練習してみろよ。俺をだと思って」
「馬鹿を言うな」
そう言いながら俺を見下ろす、いや見下す仁王の目は恐ろしく冷ややかだった。
……おいおい、人が協力してやろうってのに反応するとこが違うだろぃ!
「仁王、お前な、このままじゃ本当にに愛想尽かされるかもしれないぜ? それでもいいのか?」
「それは……」
長い沈黙のあと、よくない、と仁王は続けた。
両想いになった今、仁王が一番恐れるのはなによりに嫌われることだろう。
やべー、仁王が前代未聞にわかりやすい! 操作しやすい!
「なら名前くらい呼んでやらねぇと。ほら、お前の飼ってる猫も偶然、と同じ名前なんだろ? 猫を呼ぶつもりで言ってみろぃ」
偶然、を強調して言ってやった。
付き合う前から仁王がにベタ惚れなのはもう明らかな事実だ。
今となっては仁王がから名前をとったと考える方が自然だろう。
「……猫とはわけが違うナリ」
「だから、練習だろ。つべこべ言わずに呼んでみろって」
仁王はまだ決心がつかないように押し黙ったあと、微かに口を開いた。
けれど、変化は声以外のところで表れる。
目に見えて顔が、耳や首元まで赤くなっていったのだ。
俺は呆気にとられて文字通り目を丸くした。
「仁王! 次はお前の番だぞ! 何をしているか!」
コートの向こう側から真田の喝が飛んでくる。
仁王はびくりとコートに向き直りそのままサーブを打ったが、……大ホームラン。見事にフェンスの向こうにボールは消えていった。
「仁王、貴様ー! たるんどる! グラウンド三十周してこい!」
仁王は何も言わずに走ってコートを出て行った。
俺はちょっと罪悪感を覚えつつ真田とのラリーに入る。
いやでも、まさかあんなになっちまうなんてさすがに考えらんないだろぃ。
「丸井君、あんまり仁王君を苛めないであげてください」
「わかってるって。今度から部活中はやめとくわ」
さっきのやり取りを見ていたらしい柳生にたしなめられ、俺は素直に頷いた。
真田の苛立ちがこっちまで飛び火してもたまんねぇしな。
それにしも。
名前を呼ぶことを想像するだけで真っ赤になった仁王を思い出す。
あそこまで誰かを想えるっていうのはちょっと羨ましい気がした。
……いや、やっぱあれは行き過ぎだな。
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想像だけで 12.2.5