「仁王くん、授業始まっちゃうよ」
俺に引き上げられるように階段を上りながらさんはそう言ったが、チャイムが鳴り終わると諦めたようだった。
俺はというと、内心でいったい自分は何をしとるんじゃと心臓がばくばくしていた。
さんの腕を掴んだ部分がやけに熱い。けれど離すことはできなかった。
屋上の扉を開け放つと、あまりの明るさに思わず目を細めた。
太陽が燦然と輝くさんさんという音でも聞こえてきそうな快晴だ。
鳥の鳴き声まで爽やかに聞こえてくる。
校庭では体育の授業が始まったのだろう、号令がここまで届いてきた。
「……無理やり、すまんかったの」
言いながらそっと手を離すと、さんは何も言わずふるふると首を振った。
どうしたのか、と尋ねたそうな瞳が上目遣いになっていてどきりとする。
熱と緊張でじんとしびれる手を握り込みながら、景色の良い屋上庭園の方に向かった。
幸村の手入れするそこは見事に花が咲き乱れ、今では校舎裏の木の下より有名な告白スポットになっている……らしい。
まさか、自分がここを使うことになるとは夢にも思わんかったが。
庭園の前で立ち止まって振り向くと、さんは風に髪を撫でられながらそこに立っていた。
ずっと感じてきた好きだという想いが舞い上がる花びらとともに溢れ出ていく。
テニスの試合でもほとんど緊張しない俺はもう身体が震えるのを止められなくて泣きそうなくらい緊張していたけれど、ここで言わなきゃダメだと思った。
「……聞いて欲しいことがあるんじゃ」
「……うん」
それから口を何度も開いたり閉じたりする俺を、さんは髪をそっと押さえながら何も言わずに待っていてくれた。
さんが静かにまばたきをする。俺はごくりと唾を飲み込む。
からからに乾いた唇を濡らす余裕もなく、震える声を絞り出した。
「俺、さんのこと……」
あと一言だ。好きだ、と、好きじゃ、と、それだけだ。
しん、と世界の音が一瞬消えた。
「好きです、付き合ってください」
………。
思わず、敬語になってしまった。
なんだか余計に恥ずかしい。
それでも言った、言ってしまったぞ、と心臓はうるさく鳴ったままだ。
好きだと告げるときも、返事を待つ今も、彼女の顔さえ見れない。
こんな情けない俺、きっとさんが好きになってくれるはずがない。
「はい」
「………」
心の中でそんなことばかり思っていたから、その返事も「好きになってくれるはずない」に対するものかと思ってしまった。
一瞬で絶望に突き落とされた俺の心はけれど、ふわりと続くさんの言葉ですぐに救いあげられる。
「私も仁王くんが好き。……私でよかったら、恋人にしてください」
さんを中心に広がる世界は、とても明るくて美しい世界だった。
降り注ぐ太陽、可憐に鳴く鳥、遠い生徒たちの声、花びらと花の香りを一面の青が包み込んでいる。
その真ん中で幸せそうに微笑むさんは本当に可愛くて、……愛しかった。
「ほ、本当か?」
「うん」
「本当に本当か?」
「ふふっ、ほんとだよ」
飛びついて抱き締めたかったが、まだ緊張している身体はちっとも動かないしそんことできるわけがなかった。
精いっぱい手を差しだすと、さんがその手をやわらかく握り返してくれる。
また必死に握り返す俺の手は汗で濡れていたと思うが、さんは気にせず俺の手を握り続けてくれた。
「さん、……好いとうよ」
「……うん。敬語も新鮮だったけど、やっぱりそっちの方が仁王くんらしいね」
ありがとう、と微笑むさんの顔が、少しにじんで見えた。
俺は彼女の前では詐欺師でもいられなかったけれど、そんな俺を彼女は好きになってくれた。
彼女の前ではいつも余裕がなくて情けない俺だけれど、この手は絶対に放さない。
震える身体で、震える声で、涙で霞む視界で、それを誓おう。
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思わず敬語 11.9.26