「おっ、

廊下でを見つけて、良いところに、と俺は声を掛けた。
がきょとんとした表情で振り返る。
さて俺の言葉でどんな反応をするのか、膨らませたガムの下でついにやにやしちまう。

「お前、仁王と付き合ってるんだろぃ?」
「えっ!?」

は文字通り目を丸くした。おー、驚いてる驚いてる。

「つ、付き合ってないよ!」

今度はぶんぶんと首を振って否定してきた。
演技にしてはオーバーな気もするけど……。

「隠さなくてもいいって。うちのクラスじゃその話でもちきりだぜ」
「な、なんで……」

呟くの顔が真っ赤になっていた。
お、やっぱ本当なんじゃねぇの?
なにしろこっちには決定的な証拠がある。

「仁王のやつ、授業中に寝言でお前の名前呼んでたんだよ」
「え、えっ!?」

あれはまぁ大体の人間が寝てる公民の授業だった。
教師が延々と教科書を読みあげる声だけが漂う中、突然仁王がの名前を愛しげに呟いたのだ。
うつらうつらしていた人間も目を覚まし、途端に教室がざわざわしだした。
肝心の仁王は突っ伏して気持ち良さそうに眠ったままだったけど。
授業が終わってから何人かが仁王を問い詰めようとしたが、どうやって包囲網をかいくぐったのかいつの間にか教室から消えていた。

これは付き合ってるに違いない。さぁ吐いちまえ、
……と思ったんだけど、はなぜかあぁ、と納得したような表情をしていた。
んん? 観念したのか?

「あぁ、それならきっと猫のことだよ」
「はぁ? 猫?」
「うん。えっと……仁王くんの飼ってる猫」
「あいつ、猫なんて飼ってたのか?」

飼っていなさそうといえば飼っていなさそうだし、飼っていそうといえば飼っていそうだ。
なにしろテニス部の中にもあいつの家に行ったことのある人間はいない。

「うん。その猫が偶然、私と同じ名前だったの」

はにこにこしながらそう言ってきた。
いやいや、待て待て。そいつはおかしいだろぃ。

「あいつの猫、って名前なのか?」
「え? 違うよ、だけど……」

の顔がなんだか情けない感じになっていく。
まさか、と声には出さず口に形だけが動いた気がした。

「あいつは『さん』って呼んだんだぜ。まぁ、付き合ってんなら名前の方が自然だけど」

ん? 待て、そうしたらあいつ、ひょっとして片想いか?
やべぇ、それ楽しすぎるぜ!
思いついた瞬間にやにやしてしまうのを隠すため、急いでガム風船を膨らませる。
そういや前、がうちのクラスに仁王呼び出しにきたときがあったな。
あんときは仁王がのこと苦手なのかと思ったけど、もしかして好きだったからあんな態度だったのかもしれねぇ。 あいつ、ひねくれてるし。

「そ、そうなの? ……とにかく、付き合ってないから!」

はまた真っ赤になって、足早に逃げて行った。
おーおー、青春だねぇ。って何キャラだ、俺?
さーて、ジャッカルんとこにでも遊びに行くか。


「っ! ご、ごめんなさい!」
「いや、こっちこそ……、さん?」
「わぁっ! ……に、仁王くん」

廊下の角で派手にぶつかってきたのはさんだった。
声を掛けると相当驚いたらしい声が返ってきたこっちもびっくりしてしまう。
やわらかかったな、と考えてしまいながら、彼女の様子がどこかおかしいことに気づく。

「……さん? どうかしたんか?」
「う、ううん。どうもしないよ!」

……やっぱりなにか変だ。
さっきの授業中にさんの夢を見てしまって、挙句寝言で名前まで言ってしまったようで正直俺も今かなり気まずいのだが、それにしてもさんの様子は気になる。
すると廊下の向こう側、I組の教室の前を丸井が歩いているのが見えた。ジャッカルにでも用だろうか。
丸井もこっちに気づくと、満面の笑みで親指を立て、I組へと消えていった。
……もしかして、あいつ……。

さん、ひょっとして丸井から何か聞いたんか?」
「あ、あの、えっと……」

さんは慌てて肯定も否定もしなかったが、それが何よりの答えだった。
……最悪だ……。
クラスの連中なら別にどうとでも誤魔化せるが、本人に知られたとなればどうすればいいかわからない。
気まずい空気が流れ、俺は馬鹿みたいに眉尻を下げて口だけは微笑んでいた。
何か言わんと……。でも何て? いつもならやすやすと切り抜けられるはずの窮地が、さんのこととなると本当に頭が真っ白になる。
お互い明後日の方向を見ながらもぞもぞとした沈黙の続く中、さんが口を開いた。

「……なにも思ってない人のこと夢に見ることって、あるよね」

そう言って困ったように微笑むさんを見た瞬間、頭の中の何かがぶちっと切れた。

「……ちょっとこっち、来んしゃい」
「に、仁王くん?」

相変わらず気は動転したまま、彼女の腕を掴んで屋上へと続く階段を上りはじめた。


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気まずいから微笑む  11.9.25