「なぁ、今日さん、俺のことなんか言っとった?」
部活中に仁王君に話しかけられ、正直なところ私はまたですか、と思ってしまいました。
今日の練習は調子が悪いようでしたが、どうやらやはり原因はそこにあったようです。
私のお節介も少しは功を成したらしく、仁王君とさんはその距離を縮めているようでした。
しかし近付けば近付くほど仁王君には不安材料も増えるようで、ことある毎に彼女の反応を聞いてくるのです。
今もとても不安そうに尋ねてくる仁王君には、いつもの飄々とした態度は見る影もありません。
恋愛というのは恐ろしいものです。……あぁ、なんだか今ならいい詩が書けそうだ。
「また何か失敗したのですか?」
「……今日、移動教室の途中でさんを見かけたんじゃが、近くに丸井がいたから気づかない振りをしてしまってのう。さん、無視されたって怒っとらんかった?」
思いついたフレーズを頭の隅に走り書きしつつ仁王君に尋ねると、返ってきたのはこう言ってはなんですがやはり「そんなこと」と思ってしまう答えでした。
眼鏡が少しずれた気がして指で押し上げながら、私は仁王君に答えます。
「仁王君。気持ちはわかりますが、さんがその程度で怒る程狭量な人間に見えますか? そもそもさんの方も仁王君に気づいていなかったかもしれませんよ」
「……それもそうじゃけど、気づいてもらえないのもちょっと悲しいのう」
「でしたら次から周りに構わず声を掛ければ良いではないですか」
そんなこと知りませんよ、と言いたくなるのを必死に堪え、私は仁王君を諭しました。
全く、さんのこととなると仁王君は本当に世話が焼ける。
けれどそれがどこか微笑ましくもあります。
彼とさんがお付き合いをすることになれば、さぞかし可愛らしいカップルになることでしょう。
私としては早くそうなって欲しいものです。これ以上仁王君の焦れったい反応に付き合いたくないという気持ちも少しありますが、やはり他ならぬ仁王君には幸せになって欲しいものです。……親友として。
「それが出来れば苦労はせんよ。丸井にバレたら何を言われるかわからんし」
「丸井君だって悪いようにはしないでしょう。気にしすぎですよ」
「いいや、ここぞとばかりにからかってくるに決まってる……あっ」
力説してくる仁王君が、突然声をあげました。
彼の視線の方を見ると、テニスコートの外をさんが東門に向って歩いていました。
……さすが仁王君、少し遠いですがよく気が付きましたね。
するとさんもコートの方を見て、こちらに向かって手を振ってきました。おやおや、これは。
「柳生。あれ、誰に手を振ってるんじゃ?」
「仁王君ではないですか? ほら、早くしないと行ってしまいますよ」
「だ、だが……」
「また無視されたと思われてしまいますよ」
「さっきは気づいてなかったんじゃとか言っとったくせに……」
仁王君はぶつぶつ言いながら意を決したようにさんに向かって手を振りました。
すると彼女は、今度は両手で手を振り返してきました。
私は一礼を返しながら、横目で仁王君の様子をうかがいます。
……なんて幸せそうに笑うんでしょうか。テニス部の前ではほとんど見せないような笑顔です。
「良かったですね、仁王君」
さんが手を下げて去っていった後も、彼はどこか放心したように小さく手を振り続けています。
「あ、ああ。サンキューな、柳生」
「私は何もしておりませんよ」
仁王君は珍しく照れたように頬を掻くと、「イリュージョンの練習、付き合ってくれ」と肩に手を乗せてきました。
さっきまでの精彩を欠いていた様子とは違い、その後の練習もいつもより気合いが入っていたようです。
やれやれ、気分屋なところは恋をしても変わりませんね。
早く告白してしまえばいいものを、と思う反面、今の彼の様子だととても無理そうです。
しかし、そう思っていた矢先、驚くべき事件……事故が起こるのでした。
いえ、もしかしたらあれは事故ではなく、仁王君の純情を見るに見かねた恋の神様からの贈り物だったのかもしれません。
……今のフレーズ、新しいポエムに使えそうですね。
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小さなことでオロオロ 11.9.24