「忍足くん、何読んでるの?」
「ああ、武司このみ先生の新作や」
「わぁ、じゃあ恋愛小説だね!」
隣の席のさんの目がキラキラと輝く。
彼女とはよく本の話をする。こってりした恋愛ものが好きで、おすすめの少女漫画を借りたこともある。
好きなものの話をしているときの彼女は、ひと際かわいい。
「読み終わったら貸したるで」
「やったぁ、ありがとう、忍足くん!」
さんが嬉しそうに笑う。
(……また回想してもうた)
少し頭を振り、また同じページの最初の行から読み直す。
寝る前に読み進めようとベッドの上で本を開いたはいいが、気がつけば今日のさんとのやり取りばかり反芻してしまって、なかなか集中できない。
文章を追ってはいるのだが、まったく頭に入っていなくて何度も読み直すはめになった。
(あかんなぁ……)
彼女に貸すためにも早く読み終えたいが、感想を語り合うために内容もしっかり読み込んでおきたい。
その時点で本を読む理由が楽しむため、ではなくさんとのひとときのため、になっているから趣味として不純ではあるのだが。
ふぅ、とため息をつき、本を抱えたまま寝返りを打つ。
窓の外からきれいな三日月が見えている。
秋の風が心地よく、少しだけ開けた窓から心地の良い風が入ってくる。
「忍足くん、小説貸してくれてありがとう」
「ああ。どうやった?」
紅葉とイチョウが満開の公園のベンチで、本を抱きしめながら彼女は言う。
感想を聞くと、さんは少しうつむいて頬を愛らしく赤らめた。
「あのね、私……忍足くんと、この小説みたいな恋愛がしたい」
一瞬の驚きのあと、喜びで胸がいっぱいになる。
「私、あなたのことが好きなの」
「さん……」
少し潤んだような瞳、つやめく唇からこぼれた言葉に鼓動が高鳴った。
「俺も好きやで、さん。どんな恋愛小説にも負けない恋を、俺としような」
彼女の肩をそっと抱き、やさしく口づける――
「……っ! あかん……夢や……」
指を挟んだまま閉じていた本が、折れてしまっていないか確認する。
読みながらうとうとしてしまい、妄想としか言えない幸せな夢を見てしまった。
(……少し冷えるな)
開いていた窓を閉じる。
今日はもう寝てしまおう。
うたた寝の夢は儚くて、覚えていたくてもすぐに消えてしまう。
俺を好きだと見つめる彼女の姿をもう一度見たいと願う。
(好きや、さん)
恋愛小説の行間には君の姿ばかり思い浮かぶ。
恋愛小説の行間には君の姿ばかり思い浮かぶ 20.09.24