「お、からメールや」
「はあっ? バイブだろ? なんでわかんの?」
前の席でなんか映画雑誌を開いていた侑士が机の上のケータイが騒ぎだした途端、そう言って速攻で掴みあげた。
課題忘れのせいで居残りプリントをさせられていた俺は、ちょっと機嫌が悪かったため思いっきりお前おかしいんじゃないのって声で聞いてみる。
今日はテニス部はオフだったけれどが少し部活の用事があるとかで、侑士は俺が居残りなのを知ってわざわざこの教室で待っていた。
「何言ってんねん岳人、んなもん専用にバイブのパターンを設定しとるからに決まっとるやろ」
……何言ってんのはお前だ、と言いたくなったけれど、これだから彼女のおらん奴は、とか言われたらムカツクから無言で半眼になるだけにした。
そんな俺のさげすみのまなざしに侑士は気づきもせず、とっくにからのメールに夢中だった。
「なんて書いてあんの」
ケータイを覗き込んでも侑士は特に抵抗しない。メールが嬉しすぎてそれどころじゃないんだろう。
画面には『ごめん、もうちょっと遅れる!』とだけ書いてあった。
顔文字も絵文字もない簡潔なメールだ。
ふうん、と急速に興味をなくす俺の目の前で、侑士はそのなんの変哲もないメールを保護した。
……え、なんで?
「おい侑士、お前いま何した?」
「何って、からの大切なメールを保護したんや」
「んなもん見りゃわかるっつーの。いまのメール取っといてどうすんの?」
「……そいつは言えへんな」
意味わかんねーけど侑士、なんかきめえ!
心からそう叫ぶと侑士はそれはともかく、とどこか得意げなイラっとくる顔をする。
「彼女からのメールを全部とっとくんは当たり前やろ。まあ岳人には彼女がおらんからわからんかもしれんけど」
結局それを言われんのかよ……。
でも俺はぜってえ侑士がおかしいだけだと思う。
跡部はメールの保護どころか彼女専用のケータイでも持ってそうだけど、あいつは例外中の例外だし。
宍戸とか日吉がこの話を聞いたら、絶対に俺に賛同してくれるはずだ。
てゆーか侑士、わざわざノロケるためにここに来たんじゃねえだろうな。
「なあ、はそれ知ってんの?」
「わざわざ言うとらんけど、知られても別に困らへん」
あ、そう。んでかこかことメールを打っている侑士は、さっきのたった一文に対してなんか知らねえけどかなり長文を打ち返していた。
……、侑士が彼氏でめんどくさくねえのかな。
俺はなんだかめんどくさくなって、視線を侑士のストラップもない(でもとのプリクラは貼ってある)ケータイからプリントに戻した。
やっとメールを打ち終わったらしい侑士も雑誌に視線を戻して、しばらくたまに俺のペンが走る音と雑誌のページがめくれる音だけ小さく鳴る。
なあ侑士。空間が静かすぎて、唐突に俺は告げたくなる。
俺一年のとき、のこと好きだったんだぜ。
今は侑士とがどんなにラブラブでも嫉妬なんかしないくらい、その想いは消えた。
ただ時々、の恋人が侑士じゃなくて俺だったら、とぼんやり空想するだけだ。
「侑士ごめん、お待たせ!」
バタバタと足音が聞こえてきた、と思った時点で侑士は雑誌を閉じて立ち上がっていた。
どうせ足音だけであいつだとわかるんだろう。
案の定教室に入ってきたのはだった。
「大して待っとらんよ。ほな、行こか」
「うん、向日くんは侑士に付き合ってくれたの?」
「あー、うん、まあな」
「まあな、やないやろ。こいつは課題忘れて居残りプリントや」
一度は好きだった女の前でかっこわるいところは見せたくない。
だが侑士はそんな俺の想いを知ってか知らずか、あっさりとバラしてしまった。
クソクソ、侑士め! のメール全部保存してるってマジで言っちまうぞ!
侑士は別に困らへん〜なんて言ってたけど、だってさすがにちょっとは引くかもしれない。
「それはお疲れ様だね、何か手伝おうか?」
「大丈夫だよ。俺のことは気にすんな」
「せや、自業自得なんやからな。せっかく部活がオフの日なんや、はよ放課後デートに行くで」
「う、うん。頑張ってね、向日くん」
「ああ。じゃあな」
侑士はもう肩なんか抱いて一秒も惜しいみたいだった。
にひらひらと手を振りながら、幸せそうで良かったな、と俺は思う。
たぶん俺だったら、あそこまでを愛することはできなかっただろう。
あいつらが付き合いだしたと聞いたときにはさすがにちょっと驚いたし少し悔しかったけれど、今はこれで良かったんだろう、なんて思う。
あと少しだったプリントが全部解き終わったとき、教室から窓の外を見るとちょうど侑士とが手をつないで校舎を出ていくところだった。
青い空と小さく見える二人の姿を見ていると、お幸せにな、お二人さん、となんだか寛容的な気持ちになり、手に持っていた紙で飛行機を作ってあいつらに向かって飛ばした。
紙飛行機はくるくると旋回しながら空から二人をそっと追っていった。
「ん……? あ! やべえ、今の居残りプリントじゃねえか!」
さて俺も帰ろう、と思ってそれに気づいた!
窓から身を乗り出すとぽつんと白いものが地面に落っこちているのが辛うじてわかる。
ダッシュで取りに行きながら、これはやっぱり侑士のせいだ、いっぺん振られろ! なんて思ってしまうのだった。
エイティーエイト 09.8.15