夏の熱は気力と一緒に理性をじりじりと奪っていく。
例えば白いシャツに透けた目の前の下着のラインをそっと指でなぞってみたくなる。
もちろん理性が奪われているからといって女子なら誰でも良い訳ではなく、前にいるのがだから感じることだ。

うちのクラスの冷房は三日前に壊れた。
どうやら修理の効かないほどの故障だったらしく、買い換えようにもまだ予算がおりないらしい。
教育の場として実に間違った判断だ。
生徒のやる気と判断力が暑さのせいで一秒ごとに失われていることを、教育者は理解できていないのだろうか。

行き場のない怒りにもれそうになったため息を飲み込む。
俯けばノートが夏の太陽に照らされて眩しいほど白くとんでいる。
夏の窓際は風も入らず、日差しが強すぎる上に蝉の鳴き声がうるさいという欠点しかなかった。
これなら家で勉強していた方がよほど効率がいい。
パタリとノートに汗がひと滴落ちたとき、とうとう同時にため息もこぼれた。

誰かに聞かれてはいまいか、と顔を上げて周囲を見回すと誰もがあまりの暑さにうなだれているだけだった。
そういえば機械的に頭の中にインプットしている教師の声もずっと間延びしていて全く覇気がない。
早く冷房の効かないこんな教室は出ていきたいと思っているのだろう、さっきからそわそわと何度も時計を見てはうなだれていた。

自然前の席に視線は戻る。
弛緩しきったクラスメイトの中で彼女だけは凛と背筋を正していた。
アップされた髪の下、日焼け知らずのうなじにうっすらと汗は滲んでいるものの、彼女の周りだけ他の人間より少し気温が低いんじゃないかとすら思えるほど涼しげだ。
俺も涼しげという評価は何度か受けたことがあるが、彼女の女性特有のそれよりはやはり劣ると思う。

「なに?」

その彼女が急に振り向いて小声で尋ねてきたので驚いた。
しかし見れば、自分の腕が彼女の背中に向かって伸びている。
どうやら本当に一瞬理性がとんで、薄い汗に透ける桃色に触れてしまったらしい。
俺が驚いた顔をしたまま何も答えないので、彼女はますます首を傾げた。

「いや……お前は美しいな」

明らかに熱に浮かされている。
これは夏の馬鹿馬鹿しいほどの暑さのせいなのか、それとも俺は本当に熱があるのだろうか。
先刻の俺よりも驚いた顔をして、の清涼とした顔が初めて熱の色に染まった。
振り返ったままのの、第二ボタンまで開いた胸元に目が吸い寄せられる。
視線に気づいたのか気づいていないのか、彼女はふっと姿勢を戻した。

再び見えたうなじが先ほどよりも赤みを帯びている。
暑さにうなだれていた心臓が生き返ったように脈打つ。
俺の言葉で色づいていくをとても愛しく思った。
時計の針はまだ頂点にも回らない。
熱はこの先も疾走するように上昇していく一方だろう。



微熱の疾走  にやり
09.12.5
♪"Lorraine" / KAREN