最近の柳は随分穏やかになった。
もともと物腰のやわらかい人間ではあったが、奴はその性質までもがやわらかいわけではなかった。
だが近頃はぴんと張るような鋭さのあった雰囲気が日に日に丸みを帯びている。

「ああ、最近、猫を飼い始めたからだろう」

雰囲気が変わったことに関してそれとなく聞いてみると、それが返ってきた答えだった。
どうやら自分でも自覚のある変化だったらしく、原因も自分でわかっているのは柳らしい。

「俺によく懐いていてな。手を伸ばしてやればすり寄って甘えてくる。可愛いものだ」

猫の話をするときの柳からは幸せだ、というオーラがにじみ出ていた。
なるほど、これは疑いようもない。
柳は本当にその猫を溺愛しているらしい。

「うちの参謀をこれほど骨抜きにするまでの猫か。俺も会ってみたいもんじゃのう」
「骨抜き、か。確かにその通りかもしれないな」

息をもらすようにフ、と笑い、そのうち会わせてやる、と柳は請け負った。

「じゃあ背中の傷はその猫に引っかかれたもんかの」
「……気づいていたのか。さすが仁王だな。おそらく、お前の想像通りだ」

一瞬間をおいた柳は、俺が猫の正体に気づいていることもわかったのだろう。
言い触らすのも無粋だからまだ周りには黙っていてやるが。
俺たちは秘密の共有をひとしきりの笑いで認めた。



「ん……」
「眠いならおいで。そこでは陽にやけてしまう」

直射日光のあたる縁側で丸くなるを室内から手招きで呼び込むと、彼女は転がるようにそばに寄ってきた。
ひなたぼっこは気持ちがいいのだろうが、の肌は白い方が似合っている。

俺のそばで丸まっているの髪や肌を撫でると、時折ふふっ、とくすぐったそうに笑った。 仰向けになった彼女の手が俺に伸びる。
その手をそっと握りこんで見下ろした微笑みはまるでこの世のことを何一つ知らないかのように無垢だ。

ひと月前に現れた同い年の同居人を俺は一目で愛した。
涙をこらえるほどの愛しさを感じながら俺は思ったものだ、「理屈じゃない」。言わずもがな、親友の口癖のひとつだった。

柳家の遠縁にあたり、事故で両親を亡くし天涯孤独になった少女は、いつも微笑みを絶やさないとても素直な人間だった。
礼儀正しく家族の前で振る舞うその姿も本来のものだろう。
けれど俺の前でだけはすぐに、じゃれる猫のように甘える仕草を見せてくれた。



名前を呼ぶごとに愛しさと独占欲がこみ上げる。
握った彼女の手を自分の頬に当て、唇に滑らせ、手のひらにキスを落とす。
やわらかく光を通す前髪を撫で、少し開いた唇に自分の唇を押し当てた。
何度かついばむようなキスを繰り返し、少しずつ深くしていく。
甘やかなイチゴの味がする。
舌で口の中を探ると、案の定食べかけのキャンディーにいきついた。

「返して」

溶けかけたそれを自分の口に移して一度離れると、は少し息を切らせながらふてくされるような顔をした。

「そう睨むな。今返す」
「うそ。一緒に食べよう」

そうしては陽溜まりのように微笑んだ。
たまらなくなって再び唇を合わせると、俺たちは互いの舌に小さなキャンディーを転がしあった。

完全に溶けだしたところで唇を離す。頬を上気させたが俺を見上げていた。
初めて会ったときからずっと、俺を捕らえて離さない瞳だ。

「少し待て」

そっと言いおいて立ち上がり、縁側に続く障子を閉める。
家族が帰ってくるまでまだ数時間ある。
俺たちはこれから、存分に愛し合う。

「待たせたな、……」

淡く音と光を遮った障子から一歩引いて振り返ると、は丸くなったまま寝息を立てていた。

「……」

思わずため息を吐く。肩を落としてしまう俺を誰も責めることなどできないはずだ、なぜならそれが男の性なのだから。

「……仕方がないな」

昴った気も、彼女の静かな呼吸を聞いていると不思議と落ち着いてくる。
唾液に塗れた唇を懐紙で拭ってやり、押入から薄い毛布を出してかけてやる。
気の済むまでやわらかな髪に触れてから、俺は読み差しの本を手に取った。


眠いならおいで  にやり
09.10.13
♪ミルク / chara