どうしよう。
二人が別々の方向に去っていってから、私は思い悩んでいた。
まさか光が切原くんの試合を受けるなんて。
やっぱり二年生同士、切原くんのテニスが気になるのだろうか。

切原くんはもちろん、テニスがすごく強い。しかも今回はなぜかキレ気味だ。
光だってテニスがうまいのはわかったけれど、切原くんに勝てるのだろうか。
切原くんのテニスは攻撃的だ。怪我でもしないだろうか?

「……」

私は少しの間立ち尽くして、光が去って行った方向へと足を向けた。

「光」

小走りで彼の後を追い、やっと追いついて後ろから声を掛ける。
彼はちらり、とこちらを振り向いて、私に向き直ってくれた。

「光……なんだよね」

彼があの曲を作って、ずっとメールを交換していた光なんだ。
その彼が目の前にいるなんて、まだ信じられない気持ちだった。

「びっくりしたよ、光が四天宝寺で、うちに練習試合に来るなんて」

光がメールで黙っていたのはこのことだったのだろう。
光は試合に備えてストレッチを始めながら、返事をしてくれる。

「ああ、遠いわ、神奈川は」
「そう……だよね」
「せやけど、来てよかったわ」
「光……」

その意味をたずねることはなんだかできなかったけれど、せっかく直接会えたのだ、話したいことはいっぱいあった。
でも光の真剣な様子に声を掛けずらい。
そばにいるだけなら、邪魔にはならないだろうか。


「うん?」
「俺が勝ったら、話したいことがあるんやけど」

光の言葉に少し戸惑う。
勝たなければ、話せないのだろうか?
私は立海のマネージャーだ。切原くんに負けて欲しいとは思わない。
けれど、光にも勝ってほしかった。
……矛盾だらけで、どうしようもないな。

「わかった。私も光と話がしたい」

音楽のこととか、テニスのこととか、もっと色々聞きたいし、話したい。
それに、私は単純に、光を応援したいのかもしれない。

「がんばって、光」
「まー、見てろや」

そう言って、光は不敵に微笑んだ。


十分が経とうとして、光と私はコートに戻った。
赤也くんはすでにコートに入っていて、こちらを見て驚いた顔をした。
それからにすぐに怖い顔で目をそらされる。
マネージャーのくせに光と一緒にいたことを怒っているのかもしれない。

四天側へいるのもおかしいので、光と視線を交わしてから真田先輩たちの方へ移動する。
光と一緒にいたことを真田先輩たちからお咎めを受けることもなく、少し安堵した。

「ザ・ベスト・オブ・1セットマッチ、財前サービスプレイ!」

光からのサーブで始まった試合は息をのむほど緊張感があった。
光も切原くんも一歩も譲らず、激しい攻防が続いている。
切原くんが攻めて一点を取れば、光が冷静に一点を返す。
切原くんの実力はわかりきっていたけれど、光も相当だ。
二年生同士とは思えない、ハイレベルな試合だった。

ちゃん、やったな。財前と仲良うしてくれとるみたいやな」

いつの間にか四天宝寺の部長さんがそばに来ていた。

「あ、いえ、仲良くしてもらってるのは私の方です」

私が光のいちファンだったのだ。
光は対等のようにメールをしてくれているけれど、私にとってはやっぱりまぶしい憧れの存在だ。

「いや、すごいわ、自分。財前をここまで奮い立たせるなんて、エクスタシーやわ」

え、えくすたしー?
イケメンの部長さんが口にするそのセリフは妙に色っぽく聞こえる。

なんだかのまれそうになって意識を試合に戻す。
すでにゲームカウントは6-6、タイブレークを迎えていた。

「財前は天才やけど、勝負への執着ってもんが足りん。でも自分がいれば、アイツはもっと強うなれる」

切原くんはもう赤目になっていたけれど、いつもほど勢いがない。どこか苦しそうだ。
対する光は、鋭い瞳に青い炎を宿すようにクールなままだった。

「財前のことよろしゅう頼むな、ちゃん」

部長さんは優しい声音でそう言った。
財前のことを真剣に考えているんだな、そう思うと気持ちがあったかくなる。

光、がんばって。

声には出さず、祈るように光を応援した。

「ゲームセット! ウォンバイ財前、7-6」


「真田副部長、俺を殴ってください」

光が勝利すると、切原くんが汗だくのまままっすぐ真田先輩のもとにやってきた。
見ている方が辛いほど呼吸が荒れている。

「……当然だ」

うちの掟は常勝だ。負けることは許されない。
私には真田先輩を止めることなどできなかった。

バシッ、と耳に痛い音がする。
切原くんは少し身体をよろめかせたが、まっすぐに真田先輩に向き直った。

「……ありがとうございました!」

大きな声でお礼を言い、振り返った切原くんと目が合ってしまった。
急にどうしたらいいかわからなくなってしまう。

「次はぜってぇ、負けねーから。……だから、今は行けよ」

切原くんの言葉の意味が理解できたわけではない。
でも私は、その言葉に背中を押されるように駆け出していた。


「光!」

光は四天宝寺の先輩たちに囲まれていたけれど、大きな声で呼んでしまった。
みんなが一斉に振り向き、ちょっと後ずさってしまう。

「ほな財前、俺らは先に着替えとるわ」
「ごゆっくりー」
「なんで? わいも姉ちゃんと話したい!」
「金ちゃん、おとなしくついてきたらあとで東京バナナ買ったるで」
「白石、ホンマか!? わーい!」

ガヤガヤと賑やかにみんなが去っていき、光だけがそこに残った。
彼と向き合うと、それだけで鼓動が高鳴ってしまう。

「おめでとう、光」
「どーも。まぁ、当然やけど」

目の前にいても、光はやっぱりクールでドライだ。
彼らしくて、つい頬が緩んでしまう。

「光」


互いを呼ぶ声が重なった。

「なに? 光。そういえば、話があるんだよね」
「……からでええ。後になると何言うか忘れた、とか言いそうやし」
「うっ……そんなこと、ないと思うけど。じゃあ、私から」
「あぁ」

自然と胸の前にあてていた手から心臓の鼓動が伝わる。
私は少し息を吸い込んで、財前を見つめた。

「私、光の曲が大好き」
「……知っとるけど」

一世一代の告白……ではないけれど、面と向かって伝えるのは結構緊張するものだ。
けれど光は無表情であっさりとそう言い放つ。

「まさか、それだけか?」
「う、うん。そうだけど」

光は一瞬沈黙した。
怒られるのかと思ったが、吹き出すように笑う。

「おおきに」

どうやら、喜んでくれているみたいだ。よかった。
俺の話やけど、と無表情に戻って光が続ける。

、遠距離恋愛してみぃへんか」

光の言葉が胸に飛び込んできて、私は固まってしまった。
遠距離、恋愛?
恋愛、とつくからには、光と私は……。

「……顔、真っ赤やな」

光が顔を覗き込んできた。
どきどきもちっとも止まらないし、これじゃますます赤くなってしまう。

「俺、お前のこと好きや」

声は落ち着いたままなのに、直球のセリフがアンバランスでくらくらする。
深呼吸するように息を吸った。

「あ、あの、私、光にすごく憧れてるけど、そういう風にみたことはなかった」
「そうやないかと思っとった。いきなり現れば意識するんやないかと思って今日のことも黙ってたんや」

呆れるでもなく、怒るでもなく光はそう言った。

「それは、間違ってないかも……」

急に光がやってきて、間違いなく私はどきどきした。
それが恋愛感情が生まれたから、とはまだ言えないけれど、今この瞬間にそうなってもおかしくない気がした。

「まぁええわ。これからはそのつもりでメールするから、覚悟しとけや」
「は、はい……」

光からメールが来るたびこんなにどきどきしていたら身が持たない。
早く降伏してしまった方がいいのかもしれない、と薄く微笑む彼を見て思う。

「いやぁ、かっこええやないか、財前。今日はお祝いやな!」
「……謙也さん」
「邪魔して悪いな、財前。せやけどそろそろ着替えんと、帰りの新幹線に間に合わななるで」
「ほんで、なんでまだみんなも着替えてへんのですか」
「なーなー白石、財前と姉ちゃん、恋人同士になったん?」
「お、金ちゃん、難しい言葉知っとるな。まだやけど、時間の問題やな」

ぞろぞろとあらわれた四天宝寺のみなさんを前に、私はすっかりぽかーんとしてしまった。

「……すまんな、。うちの先輩方はこんな感じなんや。遠距離でホンマよかったわ」

光はそう言ってため息をついたが、本当に嫌がっている感じはしない。
光はほかの四天宝寺の人たちとは温度差がある感じはするけれど、きっとそれはそれで居心地が良いんだろう。
彼と彼を取り巻く環境がすごく微笑ましかった。

「私、いつか大阪に行きたいな」
「ああ、そしたらいつものたこ焼き屋、案内するわ」
姉ちゃん、うまいもんごっつぅ食わせたるでー!」
ちゃん、俺らも待っとるで」
「先輩たちは邪魔せんといてください」

彼らのノリに、あはは、と声に出して笑ってしまう。
みんながワイワイと騒ぎながら歩き去って行く、その一番後ろで、光がこっそりと手を繋いできた。
ひんやりとした指先が私の心を優しくとらえる。

「今日は、手だけや。次会えるときにはキスでもできる仲になっとるやろな」

体温と同じ温度の低い声音なのに、耳元に掛かる言葉はとろけそうなくらい熱かった。


HIKARU Root END.


15.2.20