「侑士っ、おっはっよーっと」
「おはようさん、岳人」

今日も快晴、絶好の跳び日和だ。
学校に行く途中で侑士に会ったから、ジャンプしながら追いついた。
朝から元気やなあ、と言う途中で侑士はでっかく欠伸した。また遅くまでDVDでも観てたんだろう。
純愛ものってやつ、俺は退屈であんまり好きじゃないけど。やっぱ男はハリウッドだろ。
俺がくだらない話をして侑士が適当に相槌をうつのがいつもの朝のパターン。
侑士のだらだら歩きが退屈で時々飛び跳ねながら学校へ向かう。

(あ、だ)

氷帝の生徒が色んな方向から合流する交差点で同じクラスのを発見した。
侑士を見上げて思わずにやにや笑っちまう。眠そうな顔をして気づいていない。

、おはようっ!」
「あ、おはよう向日っ、」

向日くん、といつも俺を呼ぶの声が呼び捨てで止まった。
うわあ、顔まっか。
俺の隣に侑士がいるのを見た瞬間、だ。もう条件反射みたいになってんのかな。
相変わらずおもしれー。

「おはよう、さん」
「お、おおおおおはよう、おおおおおしたりくん」

いや、「お」が多すぎだから。
笑うと失礼やろ、って侑士に怒られるからむずむずしながらこらえる。
侑士は女の前では眠そうな顔をしない。の言動にも動じないで微笑んでる。
まあいつものことだし、こういう反応をするのはに限ったことじゃない。侑士は慣れてるんだ。

だから多分、の恋は叶わないだろう。
は良いやつだし、俺も女子では仲が良い方だからうまくいかせてやりたいけど、もう一年半くらいこの調子だ。いまだに朝の挨拶すらまともに出来なくて、進展も告白もあったもんじゃない。
俺が侑士と一緒にいるときはなるべく声掛けてやったりしてんのになあ。いつも真っ赤になってどもって黙って俯いて逃げて終わり。面白いからこれはこれでいいんだけど。

思ってるうちに、やっぱりは逃げてた。

「かわいいなあ」

侑士も侑士だ。
いつもあいつがいなくなったあとそう言って苦笑するくせに、肝心の本人にはそれを言ってやらない。
多分が聞いたらぶっ倒れるくらい喜ぶのに。

「なあ、それに言ってやったら? あいつ、すっげー喜ぶぞ」
「ん? そうやんなあ」

倒れでもしたら大変やからなあ、と答える侑士の表情からは苦笑の「笑」だけがきれいに抜けてて、結構本気で心配してるっぽかった。なんだ、俺と同じこと考えてたのか。

「でもあいつ、なんでか跡部とは仲良いんだよな。クラス違うのによく話してるし」
「ああ、幼馴染やろ」
「えっ、侑士知ってんの?」

俺でも知らなかったのに。侑士ってほんとに、意外とに興味あんのか?
でもなんか煮え切らない感じの表情だ。隠してる、ともいえそうだった。
跡部がの幼馴染っていうのなら、跡部も協力してやればいいのに。
誰から見てもが侑士に惚れてんのはバレバレだ、あの跡部が気付いてない訳がない。

「純愛ちゅうんも、三人絡むとどろどろやんなあ」
「え?」
「昨日観とった映画の話や」
「ふぅん。昼ドラみてーなの?」
「アホ。昼ドラは純愛ちゃうわ」

変なスイッチを押しちまったのか、侑士は昼ドラについて信者だかアンチだがわからない語りをはじめてしまったので、結局跡部との話はそれまでだった。


クラスが違うのに跡部とがよく話しているところを見るのはなぜかというと、跡部がよくを尋ねに俺らのクラスに来るからだった。
大抵書類を持って、生徒会の話をしにくる。なぜならは生徒会書記だから。
そして事務的な話をすぐに切り上げ、世間話をしていく。

やれ今日の小テストはできたのか、ネクタイが曲がっているぞ、またシャンプー変えたな。
ちょっと管理的な感じがするのは跡部だからだろうけど、俺と侑士が朝するような会話と対して変わらない話を数分だけして帰る。
初めこそ物珍しそうにしていたクラスの連中も、今じゃ日常の一部として誰も気にしなくなった。俺も含めて。

でも今日もいつもみたいに休み時間の間にやってきた跡部を見て、俺は不思議に思った。
跡部はわざわざ、自分で書類を持ってくるようなやつだろうか。
ああやって毎日、全員に配って回っているんだろうか。
たぶん違う。ていうか、絶対違う。跡部が自分で書類を渡しているのは、きっとだけだ。
それはなぜだ?

俺は少しの間悩んだけれど、幼馴染という理由だけでは足りない気がした。
そうやって見てみると、の曲ったネクタイを直す手つきやシャンプーを変えたなと髪に触れる仕草が、会話のついでには見えなくなった。
跡部はが好きなんだ。
だから毎日会いに来るし、どうでもいい話をして帰る。
わざわざ書類を持ってくるのはたぶん、に気を遣っているんだろう。
普通に遊びにきたんじゃ、女たちのへの風当たりが強くなるかもしれないから。
それかもしかしたら、ただの照れ隠しかもしれないけど。

昼ドラの話を思い出す。
いや、昼ドラのことはどうでも良くて、問題はその前に侑士が言っていたセリフだ。
純愛ちゅうんも、三人絡むとどろどろやんなあ。
俺はなんだか、無駄に緊張してきた。
侑士は自分たちのことを言ってたんだ。
侑士と、と、跡部のことを。
跡部はが好きで、は侑士が好きで。その時点でもう、三角形は出来上がる。
じゃあ侑士はどうなんだろう。
本当はのことが好きだけど、跡部に遠慮しているんだろうか。
好きかどうかはともかく、遠慮はしてるっぽい。
だから直接かわいいなあ、とも言ってやらないのかもしれない。
いつもの侑士だったらとっくに本人に言ってることだし。

跡部がわかりくい、静かな恋をしているのも意外だった。
アイツのことだから強引にキスでもして、「お前は今日から俺の女だ」とか言ってそうなのに。
毎日少しだけ会いに来る、ただそれだけのことを跡部はずっと続けている。
そういうの、純愛って言うんだろうか。
俺は純愛っての、よくわかんねえけど侑士はそう言ってたんだし。

俺には正直、みんな止まっているようにしか見えない。
誰も前に進まない、三角形はきれいな形のまま一ミリも動いたりしない。
きっとこのまま進んでも、誰も幸せにはならないだろう。
けれど、誰かが傷つくこともないのかもしれない。

俺はと侑士がくっつけばいいと少し思っていたけれど、余計なことをするべきじゃない気がした。
侑士たちの三角形を崩すのはなんだかもったいない気がした。
侑士はどろどろだとか言ってたけど、俺にはそうは思えない。
を好きな跡部、侑士を好きな、それを知った上で黙っている侑士、普段とはどこか違う三人。
動かないからこそバランスが保たれているものもこの世にはあるんだ。

「ねえ向日くん、今朝忍足くん、私が逃げちゃったあと何か言ってた?」

だから俺は、跡部と話し終えたにそう聞かれたとき、嘘をついた。

「別に何も言ってなかったぜ」

不安そうにしていたは、安心した様子で「良かった」と呟く。
かわいいって言ってた、そう教えてやったらどれだけ喜ぶだろう。
でも俺は、もう教えてやる気にはなれない。
跡部に味方する訳じゃない。
お前らの三角形が、なんだかきれいだったから。気に入ってしまったから。
ごめん、
心の中で一回だけ謝った。
俺はそうして、三人の純愛のたった一人の傍観者になった。



彼ら  11.11.12