「おい赤也、それソーダじゃねえの?」
「ばっか、振ってんじゃねーよ!」
「まあ見てろって!」
「おー、やれやれー!」
煽る奴も逃げる奴もいるけど、内心ではみんなノリノリだ。
俺の友達ってこんな奴ばっかり。
ま、だから俺も楽しいんだけど。
舌舐めずりしながら自販機で買ったばっかのソーダを思いっきり振りまくる。
「よーし行くぜー!」
「うわー! ばか! こっち向けんな!」
「ぎゃはは! 逃げろ!」
適当なところを向きながら勢い良くプルタブを起こした。
無色透明の炭酸水がプシューッ、と期待以上の勢いで吹き出していく。
「うわっかかった! つめてー!」
「うっお危ねー!」
チッ、みんな案外うまく避けやがんな。
誰か真正面からぶっかかればおもしれーのに。
だけどそれは、思いも寄らない人に降りかかってしまった。
「きゃっ」
走って逃げた奴の後ろからその人は現れ、炭酸のシャワーを見事なくらい思い切り正面から浴びた。
や、やべえ!
「先輩! だ、大丈夫っスか!」
慌てて缶を投げ捨てて先輩に駆け寄る。
よりによって先輩にかけちまうなんて!
ぷつぷつと泡の立つソーダを髪から滴らせながら、先輩は俯いて反応できないようだった。
パチパチ、と瞬かれるまつ毛にも透明な雫が溜まっている。
「あ、赤也くん? どういうこと?」
「すみません! ほんっとーに申し訳ないっス!」
パン、と顔の前で両手を打って頭を下げる。
怒るような声は飛んでこないけど、許すような声もかけてもらえない。
恐る恐る顔を上げて、俺は目の前の光景に鼻血が出そうになった。
「ぶっ!」
「おい赤也、知り合い? 先輩?」
「あ、テニス部のマネージャーの先輩じゃなかったっけ?」
「まじまじ?」
「うわっ、お、お前ら見んな!」
さっきまで逃げて散っていた奴らがわらわら先輩に群がってくる。
まずい、こいつらに今の先輩の姿なんか見せられっか!
「先輩、シャツ!」
「え……? う、うわあ!」
両手を広げて興味津々の野郎どもから先輩を隠しながら、小声で声を掛ける。
正面からソーダ水をかぶったせいで、先輩の夏服のシャツが思い切り透けていたのだ。
どうやらまだ呆然として言葉が出なかったらしい先輩が慌てて身体を抱くようにして前を隠す。
でも俺はばっちり見ちった。
ピンクのふりふりだった。
正直、たまんねえ。
「大丈夫ですか、先輩!」
「すみません、赤也がバカで」
「だからお前ら、寄ってくんなっつーの!」
「ど、どうしよう……」
前からはみんなが先輩を見ようと首を伸ばしてくるし、先輩は後ろでしゃがみこんでしまった。
とりあえず先輩をそのままの格好にさせておくわけにはいかない。
俺は急いでやぶるようにシャツを脱いだ。
「先輩、とりあえずこれ羽織っといて!」
「赤也くん、でも」
「いいから早く!」
「う、うん」
先輩の肩に脱いだシャツを押しつけるようにすると、なんとか袖を通してくれた。
うん、とりあえずこれなら下着は透けないだろう。
……でも、俺のシャツは先輩にはでかかったみたいで、スカートを履いていないみたいになってこれはこれでかなりエロい。
「赤也、グッジョブ!」
「うっせえよ! まじで見んな!」
「なんだよ、お前が悪いんだろ〜?」
「お前らが避けるからだろ!」
「おい、お前ら、なんだこりゃ! 水浸しじゃねえか!」
「やっべ、鬼センだ!」
よりによって面倒な教師に見つかっちまった!
なによりセンコーなんかに今の先輩の姿は見せたくない。
というか、これ以上他の奴らの目に触れさせたくなかった。
振り返ると戸惑っている先輩と目が合う。
不安そうに身を小さくしている先輩の姿は思わずう、とうなってしまうくらい可愛い。
「お前ら、後は頼んだ!」
「あっ、逃げんな赤也!」
「あとで詫びすっから!」
俺は先輩の腕を引っ張って走り出した。
ここで鬼センに捕まってる場合じゃねー。
あいつらには悪いけど、今は生け贄になってもらおう。
「赤也くん、ちょっと、大丈夫なの?」
「大丈夫っスよ、あいつらなら。それより急いで逃げましょう」
心配そうに後ろを振り向く先輩の腕をもっとしっかり掴んで、スピードを上げた。
時々先輩の髪からソーダ水がきらきらと散ってキレイだ。
かぎ慣れた飲み物の匂いが先輩から香ってくると、いつもよりもっと爽やかな感じがした。
「……で、なんで屋上に来るの?」
「いやー、ここなら早く乾きそうかな、って」
「なるほどね……。そうだよね、私のシャツが乾かないと赤也くんも困るしね」
「や、俺は別にいいんスけど。つーかこんなことになったのも俺のせいだし。ほんっと、スンマセン!」
もう一回深ーく腰を折って頭を下げると、いいよいいよ大丈夫だから、と先輩が慌てたように言う。
先輩お人好しだから、謝ればなんでも許しちゃうんだよなあ。
「私のシャツが乾くまで赤也くんのシャツは借りていてもいいのかな?」
「当然っス!」
「えーと、じゃあちょっとシャツ着替えてくるから、赤也くんはここで待っててね」
「了解っス!」
そう言って先輩はそそくさと給水塔の陰に消えた。
……覗いたらバレるかな。バレるよな、やっぱ。
でも身体は欲望に正直なもんで、足が一歩一歩先輩の方に近づいていく。
ほんのちょっと見て、速攻戻れば……でも足音で気づかれるか?
これ以上なんかしたらいい加減嫌われちまうかもしんねえし……。
「きゃーっ!」
なんてもんもんと悩んでいたら先輩の悲鳴が聞こえて、俺は少しずつ向かっていた方向に今度は何も考えずダッシュした。
「先輩!?」
先輩が消えていった給水塔の陰に飛び込む。
そこには身体を抱えるようにしゃがみこむ先輩と、……梯子の上に仁王先輩がいた。
「何してんスか、仁王先輩」
「そりゃこっちの台詞じゃ、赤也。お前さん、うちの大事なマネージャーに変なことしとらんじゃろうな」
給水塔の上からこっちを見下ろす仁王先輩がTシャツ姿の俺をじろじろ見て、眉尻を下げて不審そうに言った。
「ご、誤解っスよ! 俺はちょっと先輩にソーダぶっかけちゃっただけっス」
「なるほどのう、大体わかった。やっぱりお前さんがバカなことしたんじゃのう」
「ぐ……まあそう言われれば否定はできないっスけど」
「いいから二人とも、ちょっとしばらくどっか行ってて!」
「……すまん」
「す、すんません!」
叫ぶ先輩に一瞬目を向けてしまってから、慌ててもと来た方へ走った。
やべえ、顔熱い。先輩は俺のシャツも自分のシャツも脱いで、縮こまってそれでなんとか前を隠しているだけだったのだ。
「……ピンク」
「仁王くん!」
先輩に背を向けた仁王先輩がぼそっと呟く声と先輩が怒鳴る声が聞こえた。
俺はこれ以上怒鳴られたくねーから黙っておくことにするけど、考えていることはたぶん仁王先輩と一緒だ。
すぐに俺のシャツを着た先輩が陰から出てきて、仁王先輩も給水塔の上からひょこひょこ降りてきた。
ちぇ、いい感じ二人っきりになれたと思ったのに、なんで仁王先輩がいるんだよ。
「赤也、そう残念そうな顔しなさんな」
「別にしてないっス」
「ていうか仁王くんはまたサボり?」
先輩に流された……。
「射手座は今日授業をサボると良いことがある、って朝の占いでやっとった」
「仁王くんって、バレバレな嘘吐くのも好きだよね」
「手厳しいのう。まあそれは冗談じゃけど、良いことはあったな」
ふ、と口角を上げて仁王先輩は先輩の身体に視線を落とした。
……この人意外とオヤジっぽいセクハラするよな……。
「赤也がふざけて炭酸振ってぶちまけたんじゃろ。災難じゃったな、」
「先輩にかかるとは思わなかったんスよ。反省してるっス」
「まあ赤也くんもこう言ってるし、私はもういいんだけどね」
「は赤也には甘いのう。あーあーかわいそうに、こんなに髪ベタベタんなって」
苦笑しながら仁王先輩は先輩の髪にペタペタ触った。
……なんかムカつくんスけど。
先輩もちょっと赤くなってる気がするし。
「ま、折角じゃからシャツが乾くまでゆっくりしていきんしゃい」
そう言って仁王先輩はおもむろに寝転がり、先輩を見上げながらぽんぽん、と自分の横を叩く。
ちょっとそれひょっとしてスカートの中見えてんじゃねえの、と俺はそれが気になって仕方なかった。
「たまにはそれもいいかもね。それじゃちょっと、おじゃましようかな」
「えーっ、マジっスか、先輩!」
先輩は仁王先輩に答えて、さっきまで仁王先輩の手があったところに早速寝転がってしまった。
あーあ、折角二人でゆっくりしようと思ったのに……。
「あ、ごめん、シャツ汚れちゃうか」
「や、もういいっス。俺も寝るし、もう」
先輩が起き上がろうとしたのを制して、俺も不貞寝さながらに横になることにした。
ちょうどここは日陰になっていて涼しい。
仁王先輩のオススメスポット、ってところだろう。
あー、こりゃ確かに気持ちいいな。なんかマジですげえ眠くなってきた。
隣には俺のシャツを着た先輩が寝てるし、良い夢見れそう。
「ぐお〜、があ〜っ……」
「……結局赤也くんが最初に寝ちゃうんだよね。いびき、すごいし……」
「仕方がないのう、赤也は。そうじゃ、給水塔の上に移動せんか? あっちにも日陰はあるし、風も来る。なにより眺めがいいぜよ」
「お、いいねー、移動しちゃおっか」
太陽が動いて影もなくなりすっかりここが日向になったころ、焼肉の鉄板の上で焼かれた夢を見ていた俺はうなされて目覚める。
ひとり取り残されていることにもショックを受けることになるが、眠りについたばかりの今は先輩といちゃいちゃしてる夢なんか見てたもんだから、起きるわけがなかった。
結局目が覚めてから忘れてしまう夢だけど、俺は束の間幸せの中にいるのだった。
あいうえお作文集/呑みものはいかが 悩殺ソーダ ハーケンクロイツ 様
09.10.28
♪ワンダーフォーゲル / くるり