ほとんどの生徒が学園を留守にした春休み、草木も眠る丑三つ時。
私はこっそりと寮を抜け出し、恋人である仙蔵との待ち合わせ場所に向かった。
人が少ないとはいえ、秘密の逢瀬に危機感とときめきのどきどきが高まっていた。

、こっちだ」
「仙蔵!」

仙蔵の真っ白な肌は闇夜の中で輝くように美しかった。
忍者としては闇で目立ってはまずいだろうけれど、敵もこの美しさの前では思わず動きを止めてしまうのではないだろうか。

「うまく抜け出せたみたいだな」
「なんとかね。シナ先生が故郷に帰っているから」
「よし、それじゃ行くぞ」

何処へ、と尋ねても着いてからのお楽しみだ、と言うので楽しみについていくことにした。
当然のように差し出された手を掴むともう、顔は綻びっぱなしだった。

かすかな月明かりの中を忍び足で向かった先からは、白い煙がもうもうと漂っている。
ここはひと騒動の末湧き上がった温泉だ!

「せ、仙蔵、もしかして……」
「ああ。一緒に入るぞ」

私が逃げ腰になるのを見越し、腰をきゅっと抱いてくる仙蔵。
大きめの布を持って出てこい、と言ったのはこのためだったのか……。

「混浴で露天だからな。くの一はゆっくり入ったことがないだろう」

そうなのだ。男の子、特に下級生はよく入りにきているようだが、くの一はそうもいかない。
一度だけ見張りを立て、罠を張り、交代制で入ったことがある。
けれどそうそうゆっくりしていられる時間もなかった。
確かに一度じっくり浸かってみたい、とは思っていたけれど。

「心配するな。誰も来たりしない」

仙蔵が確信を持ってそう言うということは、本当にそうなのだろう。何か手を打っているに違いない。
こういうことにまで頭が回るのだから、優秀なのもたまに困りものだ。

「私は先に入っているから。すぐに来てくれ」

首筋をくすぐるように囁いて、仙蔵は自分の着物に手を掛けた。
私は慌てて岩陰に入る。うう、ほんとに一緒に入らなきゃダメかな……。
決心がつかないうちにちゃぽんと水音が聞こえた。仙蔵が湯に入ったのだろう。
すでにのぼせてしまいそうなほど身体が熱い。

、どうした? 来ないのなら私が脱がせてやるが」
「い、行く! いま行くから!」

本当に一度湯からあがる気配がしたので、慌てて返事をした。
仕方ない。仙蔵は諦めそうにないし、覚悟を決めよう。私もくのタマだ……!

でもやっぱり全裸は無理だった。持ってきた布を身体に巻くと、胸から太もものあたりまでギリギリ隠れる。
そっと岩陰から出ると、三日月の下で仙蔵がうすく微笑んだ。
暗くてお湯の中までは見えず、その分夜風に触れている肩の白さが一層際立つ。
ぽーっとしてしまうくらい仙蔵はきれいだった。

「綺麗だな、。ほら、こっちに来い」

自分よりよほど美しい仙蔵に褒められても正直微妙な気分だ。
けれどこっちに来い、という彼の声がすごくやわらかくて、私は湯気の上を歩くような足取りで近づく。
温泉に足をつけると、まだ肌寒さの残る春の夜に丁度良い温かさだった。

やっぱり恥ずかしい。
ぶくぶくと口元まで沈み込み、縮こまったままその場を動けなかった。
お湯につかっている身体より顔の方が熱い気がする。
仙蔵の方もまともに見れない私に、彼は音を立てずすいすいと水面だけを静かに揺らして近づいた。

「そう恥ずかしがるな。くの一がそんなことで良いのか?」

仙蔵は面白がるように笑った。
確かにくの一には、敵を色香で惑わせて情報を得るなどの任務もある。
上級生になるにつれ、授業でも色を仕掛ける術などよく習っていた。
でもそれとこれとは話は別だ! 多分。

「別に、どうでもいい相手なら何とも思わないよ。その……仙蔵だから恥ずかしいの」

言っててますます恥ずかしくなってきてしまった。なんだか告白しているみたいだ。もう恋人同士だけれど。
仙蔵はなかなかかわいいことを言うな、と笑うように頷いてすっと身体を寄せてきた。
肩と肩が触れる距離で、彼が意地悪く笑む。

「なら例えば、長次や伊作の前でなら裸になれるんだな?」

仙蔵は意地悪だ! 私を試しているつもりなのだろうか。
けれどくのタマとしてか、仙蔵の恋人としてか、イマイチわからない。
私ばかりどきどきしていることにもなんだかムカついてくる。
彼女が布一枚で隣にいるのだから、仙蔵ももっとそわそわなりムラムラなりするべきじゃないか?

「知り合いだからちょっと抵抗はあるけど、別になれるよ」
「そうか。ならいいんだ」

多少むきになって答えた私に、仙蔵はあっさり頷いた。
ひ、ひどい! 自分の友達の前で恋人が裸になってもいいと彼は言っているのだ。
身体と顔だけじゃなく、頭も煮え立ちそうだった。
こんな気持でゆっくり温泉になんてつかれるわけがない。

「もう出る!」

わざと思いっきり水しぶきが飛ぶように立ち上がった。
、と呼び止められても構わず足をあげる。

「ひゃ!」

が、その足を思いっきり引っ張られ、私はお湯の中に落ちるように引き戻された。
水面に叩きつけられる前に仙蔵が抱きとめたのであまり音は立たなかったが、それどころではない。
引っ張られた拍子に身体に巻いていた布はほとんど解けてしまった。
仙蔵が触れているのは私の肌で、私が触れているのは仙蔵の肌だ。
心臓ばかりでなく、身体の芯からびくりと跳ね上がる。

「好きだ、。もっと触れさせてくれ」

濡れたような仙蔵の声が耳に流れ込む。
後ろから抱きすくめる彼の腕が力をゆるめながら胸に触れてきた。
やわく、優しく、時々強く両の手で揉まれ、水に濡れた秘部がさらに違うもので濡れてくるのを感じる。
あ、と声が出そうになって、仙蔵の手がそれを塞いだ。

「残念だがなるべく声は出すなよ。私の指を噛んでいろ」

言われるまま、私は口に添えられた仙蔵の指を噛んだ。
仙蔵は片手と舌で器用に前戯を続ける。
乳首をきゅっと捻られたかと思うと、首筋を舌が這っていく。
秘部のまわりが優しく撫でられ、耳たぶを甘く噛まれる。
温泉のふちの岩場に手をついて、私の身体はもう弓なりに反っていた。
指を噛んでいても時々咽喉の奥から声が漏れてしまう。
それでもこんなところを誰かに見られたら大変だという理性がまだ少しだけ働いていて、私は懸命に喘ぎ声を我慢した。快感に攻められた私にできるのはそれだけだった。

「気持ち良いだろう? 顔を見せてくれ」

仙蔵が静かに私の口から指を離すと、唾液がたらりと糸をひいた。
もうくだけそうな腰を回すようにして身体を反転させられる。
自分がよほど物欲しそうな顔をしているだろうとわかったが、それを隠すような余裕などなかった。
仙蔵はもう私が逃げたりしないとわかっているのだろう、薄い月光の下で艶やかに微笑む。

「ふふ、良いな。とてもそそる顔をしているよ。もっと私に触れてもらいたそうだ」

言いながら、でも仙蔵はなかなか触ってくれそうにない。焦らされている。
仙蔵に見られながら、私はゆっくりとお湯の中に身体を沈めた。立っていられなくなったのだ。

「仙蔵……」
「なんだ? 

根負けした。私の身体は自分で触れてしまいたいくらい更なる快感を欲していた。

「お願い。もっと、触って。……いれて欲しいの」

艶のある笑みを浮かべたまま黙って私を見ていた彼は、ゆっくり頷いて湯ごと抱き締めるように私を包み込んだ。

「ちゃんと誘えるじゃないか。たまらないな」

仙蔵は唇を重ねてから、私の中に指をさし込んだ。
お湯と液と彼の肌が一緒になって内側をかき回す。
その間にも彼の口は休まることなく私の肌を撫で、吸った。
今度は自分の唇を噛んで声を我慢していた私に気づき、肩を噛んでいろと言われる。
青白く濡れた仙蔵の肩に私は顔をうずめた。

湯の中で自分から脚を開き、仙蔵の身体にしがみつく。
蕾を刺激され、もうすぐにでもいってしまいそうだった。
肩から顔をあげて仙蔵、と呟くと、彼は頷いて嬉しそうに唇を合わせた。

「いくぞ」

やさしく囁き、彼は私の中に少しずつ身体を沈めた。
温かい湯の中で、繋がった部分がひと際熱い。
私たちは深く口づけて互いの声を封じた。
波立つ水面に身体を揺らされながら、奥まで入ってきた仙蔵が静かに動く。
快感と愛情と浮遊感にまみれてぐちゃぐちゃになりながら、私たちは絶頂を迎えた。


、なぜそんなに離れるんだ? 身体まで繋がったというのに」
「だから余計恥ずかしいの……!」

裸のまましばらく抱き合っていた私たちだが、私は離れると急いで遠くに浮いていた布を拾って身体に巻いた。
仙蔵が近づけば逃げる。彼は不満そうな顔で私を追い回したが、やがて諦めて留まった。
一緒に温泉に入るどころか、性交までしてしまった。
確かに気持ち良かったし、仙蔵大好き! って思ったし、愛されているって感じられた。
行為の最中は夢中だから良い。問題は終わってからのこの羞恥心だ。
夜空を見上げることもできない。月や星に見られていたことすら恥ずかしかった。

「仕方がないな。、のぼせるといけないからもう出た方が良い」
「う、うん……そうする」

今までのぼせずにいたことが不思議なくらいだ。熱に浮かされ過ぎたのかもしれない。

「私はもう少し入っていくが」
「私は先に戻ります。じゃあね!」
「風邪をひかないようにしっかり髪を乾かせよ」

急いであがり、急いで岩陰に隠れる。
布は湯につけてしまったので拭くものがなかった。仕方がないのでそのまま夜着を羽織る。
最後に一度だけ振り向くと、温泉につかった仙蔵の姿が芸術的な絵のように浮かび上がっていた。


「長次、伊作。ご苦労だったな」

振り返ったに手を振り、去っていったのを見届けて私は友人たちに声を掛けた。
見張りをしていた二人がさっと両脇におりてくる。

「仙蔵、聞いていないぞ! あんなことまでするなんて……!」

伊作が真っ赤な顔で喚いた。言っていないのだから当然だ。

「長次なんてほら、湯につかってもいないのにのぼせちゃったじゃないか!」

確かに長次はやはり真っ赤な顔で今にも倒れそうなほどふらふらしていた。

「おまえたち、ちゃんと見張っていたのか? まさかずっと見ていたのではなかろうな?」
「み、見てない見てない!! ちゃんと見張ってた!」

ならいいが、そう返すがもちろん見せつけるつもりはあった。
こいつら、というか伊作は日頃からちゃんちゃん、と結構馴れ馴れしくするのでまあ釘さしみたいなものだ。
少なくともしばらくはの顔をまともに見られないだろう。

「あーあ、ちゃんにバレたら仙蔵振られるぞ、こりゃ……」
「おまえたちが言わない限りバレないはずだな」
「わかっているよ! ていうか、言えるわけないだろう!」

それはそうだろう。長次もふらふらと黙ったまま頷いた。
のかわいい姿も見れたし、ゆっくり湯につかれたし、実に良い夜だった。

「うう、もう二度とこんな役目しないからな……さっさと実家に帰っておけば良かった」

伊作のぼやきを聞き流し、そろそろ明るみ始めるだろう夜空を見上げる。
一曲終わったら出ようと決めて、春の歌を静かに口ずさんだ。



花の夜  09.2.8