お隣のお姉さんはいつの間にか大人になっていた。

さん」
「はい? ……もしかして、雅治くん?」

部活帰りの夜の道、自販機で煙草を買っていたその人は隣人で、昔はよく遊んでもらった。
彼女は大学生のときに家を出たはずだが、そのもっと前から顔を合わせることもほとんどなくなっていた。

「久しぶり。元気だった?」
「お久しぶりです。俺は見ての通りですよ。さんは少し痩せました?」
「ふふ、ありがとう。雅治くんは随分大人っぽくなったね」

最後に会ったのはいつだったろうか。もう三年も四年も前か。
俺はまだ小学生だったはずだ。
背丈も声も変わっているはずだったが、彼女もよく気づいたものだ。
さんは昔から素朴な感じの美人であったと思う。
センスのいい人だったのだろう、化粧も服も彼女の素材を活かし、今はちょっと近寄りがたいほどの美人になっていた。

少し痩せた、という印象は感じたそのままが口に出たものだ。
やつれた、という雰囲気の方がふさわしいが、それが決して不健康ではなく、彼女に似つかわしい影で彩りさんをますます美しいものにしていた。

「そのバッグ、テニスラケット? 部活帰りかしら?」
「ええ、まあ。……煙草、どうぞ」

買ったばかりの煙草の箱を上品な薄い赤に塗られた形の良い爪でいじっている。
未成年の前だから、と遠慮しているのかもしれない。
すすめると、少し悩むように首をかしげてからそれじゃ遠慮なく、とパッケージを開けた。

彼女が銀色のライターで火をつけ、そして口にくわえる様子をじっと見てしまう。
少なくとも一緒に遊んでいたときに煙草を吸う姿など見たことがなかった。
目が離せないでいる俺の視線に気づいたさんは少し困ったように微笑んで、ああ、この人は本当は変わっていないんだな、と実感した。

「雅治くんは今、確か中学生よね」
「中三です」
「今時の中学生はこんな時間まで部活するんだ。大変だね」
「うちの学校は少し特別かもしれません」
「雅治くんは立海だったっけ?」
「そうです」
「そういえば立海って、昔からスポーツ強かったもんね」

昔と変わらない笑顔で話すさんと同じ口から吐き出される煙に大きな違和感を感じる。
彼女が手に持ったままのパッケージにふと目を向ける。
セブンスター。俺でも知ってる、どこにでもあるなんの変哲もない銘柄が彼女には少し、安っぽく感じた。

さんはどうしてここに?」
「ああ、私今日から、実家に戻ったの」

俺とさんは確か、十ほど歳が違う。
さんと会わなくなってからはお隣とも疎遠になって、彼女がなにをしているのか俺はまったく知らなかった。

「春からの赴任先がこの辺りなんだ」

慣れた手つきで携帯灰皿を取りだし、そっと灰を落とす。
自販機の強すぎる光に照らされたさんの頬にマスカラで強調されたまつげの影がくっきりと落ちていた。

「俺にも一本、煙草ください」

灰皿に視線を落としていたさんの目が引っ張られるようにこちらを向く。
茶系のアイシャドーに少しラメが混じっているらしい、大きく開かれた瞳の周りがきらきらと輝いていた。

「だーめ。煙草は二十歳になってから」
「……じゃあフレーバーだけでも」

二歩、三歩であっけなく距離は詰まった。
反応できずにいる彼女の手から力もいれずひょい、と煙草を奪うことは歩くよりも簡単だった。
彼女の目の前に短くなったそれを立て、すっと横に移動させると濁りのない黒目が流れる紫煙を追った。

よそ見をした彼女にキスするのは煙草を奪うよりもっと簡単だ。
微かにちゅ、と音のするくらい唇に触れたとき、まだ味わったことのない苦みが確かに広がった。

「……雅治くん、いま」
さんが戻ってきてくれて嬉しいです。またよろしく、さん」

さんの持つ携帯灰皿にぎゅっと吸い殻を押しつけながら、煙草はまだ当分口移しの残り香だけでいいな、と正直に思った。


余談。
春、立海の高等学校に進学した俺はさんの方が本当は一枚上手だったことを思い知る。

「このクラスの担任になります、花遊です。みなさん、よろしくお願いします」

男子からも女子からも憧憬の眼差しとざわめきで迎えられながら礼をしたさんは、頭をあげた瞬間一瞬だけこっちを見て、美しく勝ち誇った笑みで決定的に俺をころした。


片仮名で12のお題#1 7.セブンスター  l i b e r a l i s m
09.9.29