「仁王くん、これ落とし物」
それを落としたことに気づいた瞬間にすら俺はもう終わったと思ったのに、よりによってに拾われていたなんて。
心境的には今すぐ俺を殺してくれ、というところだった。
「……、ちょっときてくれ」
一瞬絶望したあとはやけになった。
もう隠しても意味がないのなら、いっそすっきりしてしまった方がいい。
「え? ちょっと、仁王くん?」
戸惑いの声を出すの声も一限目の始まりを告げるチャイムの音ももう俺の耳には届かない。
の手首を掴んで力任せに引っ張り歩く。
目指すは屋上だ。
他の連中が次々と教室に吸い込まれていく廊下を切るようにずんずんと進んだ。
「」
「は、はい」
無理矢理連れてきたせいかどこか怯えているにはでも、俺が何のためにこんなことをしたのかもう見当がついているはずだ。
「もうわかっとると思うが、俺、お前さんのことが好きじゃ」
「えっ!?」
ここまできてためらっても仕方がないので、単刀直入に切り出した。
がなぜか素っ頓狂な声を出す。
「そんなに驚くことじゃないじゃろ」
「お、驚くよ……!」
もうわかりきっていたことのはずなのに、なぜ驚くのだろうか。
やはり直接言葉で聞くのと、あれを見たのとでは違うのかもしれない。
「あの、私……」
「あー、言わんでいい。わかっとる。お前さんは丸井のことが好きなんじゃろ」
「……え?」
だから本当は、自分の気持ちを告げる気持ちなどなかった。
俺はが幸せそうならそれで良かったし、別に丸井から奪い取ろう、なんて考えてもいない。
があれを拾って、見てしまうことがなければ、この感情は表に出ることもなく永遠に封印されたままのはずだったのだ。
「良く話しとるからの。仲ええじゃろ。丸井もきっとのことを気に入っとる」
テニス部でも丸井はしょっちゅうの話をしてた。
特に俺にはあいつって結構可愛いところあるよな、なんて話を振ってきおって、俺はそのたびに適当に相槌を打ちながらそんなことはとっくにしっとる、と心の中で叫んでいた。
丸井より俺の方が絶対にを好きだ、と。
「ちょっと待って、私が丸井くんとよく話してたのは仁王くんのことが好きだから相談してただけで……あ」
「……なに?」
俺は自分で頭の回転がいい方だと思っていた。
幸村や柳ほどではないが、少なくともその次くらいには物事を素早く理解できる方だろう。
だがさすがにのその言葉をいきなり受け止めきることはできなかった。
というかテンパりすぎてちゃんと考えていなかったが、さっきからの反応がどうもおかしい気がする。
もし本当にあれを見られていたなら、もっと違った反応が返ってきていたはずだ。
「、それの中見たんじゃないのか?」
「見てないよ。私は丸井くんにこれ仁王くんに渡しといて、って言われただけだし……」
「……なんじゃと?」
まだが手に持っているものは、俺がいつの間にか落としてしまっていた生徒手帳だった。
それが俺のだ、と知るには中を見るしかないから、てっきり見られたものだとばかり思っていたのだが……。
丸井の関わり方、さっきのの言葉。
だんだんと全体がつながってくる。
どうやら俺は、大きな思い違いをしていたらしい。
「あー……もういいから、それ開けてみんしゃい」
「いいの?」
「ああ」
頭をかきながらを促す。
まっすぐ見ることができなかったので視線はコンクリートの床に落としながら、視界の端にちらりとの反応を捉える。
「……これ、私?」
「ああ、そうじゃ。もうずっと前から入れとった」
「嘘……」
生徒手帳に入れていたのは隠し撮りしたの写真だ。
普段まったく使う機会がないからこそ入れていたのだが、まさか落としてしまって、しかもそれがの手に渡ることになるとは思ってもみなかった。
まったく、この三年間で一番肝が冷えた。
「これでわかったじゃろ。……もう一度だけ言う。、俺はお前のことが好きだ」
「……わ、私も仁王くんのことが好き!」
これでお互い、告白は二回目だ。
勘違いの末に明かされたそれぞれの想いはまったく馬鹿みたいに爽やかだった。
「俺の彼女になってくれるか?」
「……もちろん! よろしくお願いします」
ああ、俺いま、情けない顔してるの。
でも赤くなりながら笑顔を見せるが可愛くて、視線を逸らすことができなかった。
「あー、でもやっぱ恥ずいのう。……そんなもん入れて、って引かん?」
「引かないよ、むしろ嬉しかった」
「……そうか」
丸井はたぶん、が中を見ると思って渡したのだろう。
律儀なこいつは勝手に人のものを見ちゃいけない、と思って素直に俺に返しにきたようだ。
ややこしいことになったが、これがなんだ、と苦笑する。
まあ、結果オーライだ。丸井にはどのみち感謝せんといかんな。
「でも今度は別の写真、撮らせてくれ。ちゃんとこっち向いて笑ってるやつな」
「仁王くんも撮らせてくれるならね」
それならいっそ二人で撮るか、そう笑って、俺たちは試しに携帯で写メを撮り合う。
の笑顔が俺に向いていることが嬉しくて、の気持ちが俺に向いているということが死ぬほど幸せだった。
ツーショットを撮るときはうんと顔をくっつけて、シャッターを押す瞬間、俺はにキスをした。