「好きや」
「……」
「めっちゃ好きや。ほんまに好きや」
「……」
「好きすぎてどうにかなってしまいそうなくらい好きや」
「うるさいなあ」

ちっとも読み進められない本から顔を上げてさっきから喋り続けている男の方を見る。
やっと俺のこと見たな、と蔵ノ介は嬉しそうに笑っていた。
見なきゃよかった。
ため息とともに視線を外す。

「あかん、そのまま俺のこと見てて」

ぐっと頬を両手で挟まれて無理矢理見つめさせられた。
視線を逸らそうにも、顔が近すぎて蔵ノ介の他に見るものがない。

「あんた、無駄なことはしない主義じゃなかったの」
「無駄? なんのことや」
「さっきから好き好き言ってるじゃん」

関西に住む従兄弟が夏休みの間に一週間ほど泊まりにくるのは毎年恒例になっていた。
年下の蔵ノ介は一年毎に驚くほど成長している。
背が伸び、身体つきが男らしくなり、そしてどんどんかっこよくなる。
それは認めよう。
ただ問題なのは、育てなくてもいい私への恋情までもをすくすくと育てているらしいということだ。

に好きっていうことのどこが無駄なんや。むしろ必須事項やろ」
「無駄だって。蔵ノ介は恋愛対象じゃないんだから」

蔵ノ介がいくらかっこよくなろうと、相手は年下の従兄弟だ。
恋愛関係になるなんてちょっと考えられない。
だから蔵ノ介は馬鹿なことを言っていないで、早く私を諦めるべきなのだ。

「だったら尚更無駄やないで。そんなん俺が覆したる」
「全然わかってない……」

話を聞く限り、蔵ノ介のいる学校、とりわけ彼が部長を務めるテニス部にはイロモノな人間が勢ぞろいしているらしい。
そんな人たちを束ねる人物なのだから、これくらい強引で自信家でなければやっていけないのかもしれない。
私には困ったことだけれど。

の顔も声も性格も、全部好きや。離れている間だって毎晩お前のことを考えとる。一年間、夏がどれだけ恋しいかお前にはわからへんやろな」

私の頬を温い手で包んだまま、蔵ノ介は息が届くほどの距離で熱烈な言葉を吐き続ける。
少しだけ潤んだ瞳が色っぽい。
まつげの色素が少し薄い気がする、照明に当てられてそれがキラキラ輝くととても美しい。
それに肌も恐ろしいほどキレイだ。健康に気を遣っているみたいだから、自然と栄養がそこにもいくのかもしれない。

「なんで俺はこんなにお前のことが好きなんやろなあ。でも初めて会ったちっさい頃からずっと好きなんやで。赤ん坊の時にお前に一目惚れしたんやろなあ」

他にすることもないのでそうやって蔵ノ介を観察している間にも、彼は私に熱を吐き出し続けた。
蔵ノ介の吐息は妙に爽やかなミントの香りがして、そういえばなんだかやけに香りには敏感な男だったな、と思い出す。

はいっつもええ匂いがする。それがまた俺をたまらん気持ちにさせるんや。なあ、抱き締めてもええか?」

いい、ともだめ、とも言わない間にやわらかく包容された。
力加減も体型もなんだか絶妙で心地良い、と拒絶のしようもないほど思ってしまう。
蔵ノ介の髪の先が首筋に触れてくすぐったい。

「あかん、俺いまめっちゃ幸せや。涙が出そうなくらいや。このまま一生離れたくないなあ。の頭のてっぺんから爪の先まで、全部欲しい。髪も血も何もかも全部、俺が愛したる」
「……うるさいな」
……」

さっきまでとは真逆に暗く淀んだ蔵ノ介の声、そっと彼の身体が離れる。
このまま死んじゃいそうなほど悲しい色をした瞳はそれでも私を、私だけを映し続ける。

「もしが俺のこと嫌いやって言っても、俺は世界で一番お前が好きやで。死ぬまで、やのうてきっと死んでからも、来世でもな」
「うるさいってば。それ以上喋らないで」

私の肩を掴んでいた両手が静かに落ちた。
彼が沈黙した間に、私はこっそりと鼓動を落ち着けようとする。
でも無理だった。

「このままだと惚れちゃうから」

顔が熱い。身体が火照る。
この熱に、さっきから高鳴っている鼓動に、蔵ノ介は私への愛を囁くことに夢中で気づかなかったらしい。

「……

蔵ノ介が私の名前を呼ぶとゾクリとした。
こんなに感情を込めて誰かの名前を呼ぶ人間を私は知らない。
そしてそれは目の前の男から、私に向かって発せられているのだ。

そうせずにはいられない、そうしなきゃいけないみたいに蔵ノ介は私に触れる。
その指先ひとつひとつから愛情を注がれていくみたいだった。
目眩を起こしそうだ。
十五歳の男の子にどうしてこんな触れ方ができるんだろう。

「後悔はさせへんで。世界一幸せな男に愛されてるんやから何も心配はいらへん」

蔵ノ介の瞳がキラキラと輝いている。
いったいその目に私はどんな風に見えているんだろう。
ほとんど生まれたときからの愛なんて、彼の中にいったいどんな形で存在しているんだろうか。
私がその中に飛び込んだら、あっという間に溺れてしまいそうな気がする。

キスひとつで彼に窒息してしまいそうな私はすぐにそんなことを考える余裕さえなくした。


うるさいな  mutti
09.11.28
♪AM2:00(inst) / ACIDMAN