明るい茶色の山をそっとフォークで切り崩し、大きく口を開ける。
ケーキは最初のひと口こそが、最も幸福な瞬間だ。
(ぱくっ……。はぁ、甘い。美味しい!)
秋の味覚って素晴らしい!
さてもうひと口、とフォークをあげたその時、外に面したカウンター席のガラス越しに視線を感じた。
(ぎゃあっ! ざ、ざざ、財前くん!!)
咄嗟に口元を手で覆ってしまう。そんなことで隠れられるわけもないのだけれど。
じ、と私を捉える視線はそのままに、彼は高そうなヘッドフォンを外した。
どきどきと混乱しているあいだに、なんと財前くんはカフェに入ってきた。
「さん」
「ざ、財前くん。こんにちは」
「ちわ。ひとりでカフェとか来るんやな」
わあ、私服だ。かっこいいなあ。
同じクラスの彼に、私は目下片思い中だ。
学校の外で会えるなんてラッキーだけれど、ケーキを頬張る大口を見られたと思うと恥ずかしい。
「う、うん。このモンブラン、秋限定で……どうしても食べたかったの。お小遣いが入ったから、早速来ちゃった」
ふうん、と彼の視線が食べかけのモンブランに動く。
「俺もコーヒー飲も」
財前くんは私の隣の席にカバンを置くと、さっさとカウンターに向かった。
こんな展開になるなんて……。あれだけ楽しみにしていたモンブランが、もうたったひと口でのどを通らなくなりそうだ。
とりあえずホットラテでひと息つく。
さっと前髪の乱れを直して、姿勢を整えた。
財前くんがホットコーヒーのカップを持ちながら隣の席に座るのを、ガラス越しに見守る。
ああ、緊張するなぁ……。ぱくり。無意識に口にしたモンブラン、やっぱり味わっている余裕なんてない!
「今日はテニス部はお休み?」
「あぁ、オフ。買い物行ってんけど欲しいもの置いてなくて。やっぱネットやな」
そっかぁ、と簡単な相槌を打つ。
「そしたらケーキ頬張っとるさんの姿を見つけて、見惚れてもうた」
「!? げほ、げほっ……」
「大丈夫かぁ? むせるとかわかりやすい反応、うちの先輩やったらツッコミ厳しいで」
だ、だって、見惚れるなんて言うから……!
紙ナプキンで口を拭いながら、ちら、と財前くんを見ると何食わぬ顔でコーヒーを飲んでいる。
からかわれたんだろうか……。まったく、心臓に悪い。
「そうだ、私も買い物したの。マフラー買っちゃった」
話題を変えようと、ショップ袋から買ったばかりのマフラーを取り出す。
古典的な赤地に緑と黄が入っている、秋気分がもっと盛り上がるタータンチェック。
「ええ色やな。似合いそうや」
「あ、ありがとう」
オフだからだろうか? 財前くん、なんだか学校と違う感じがするな……。
私が勝手に好きなだけで、あんまり話したこともないんだけど。
おしゃれなカフェでこんな風にお話していたら、ますます好きになってしまう!
「食べへんの? モンブラン」
頬杖をついてこちらを見る財前くん。
口元にはニヤリとした微笑が浮かんでいて、さっきのセリフを思い出してしまった。
私は赤くなりながら、ちびりちびりとケーキを口に運んだ。
「なんや、人が食べてるとこ見るのオモロイって初めて思ったわ」
「うーん……どういう意味かな?」
「悪い意味やあらへんで。ほな、さいなら」
ぐぐっとコーヒーを飲み干した財前くんは、やって来たときと同じくらいの唐突さで席を立った。
「マフラー、今度学校にしてくれば」
「う、うん。また学校で」
軽く手を挙げる彼に手を振った。
お皿の上には食べかけのモンブランがまだ半分ほど残っている。
けれど財前くんとのやり取りを思い返したりしていて、結局最後までモンブランを味わうことはできなかった。
絶対また食べに来よう!
……食べ終わってから、また財前くんに会えたら嬉しいな。
(モンブランとタータンチェックやて? めっちゃエモいやないか)
さんと別れてカフェを出て、いまハマっているバンドの曲を再生する。
気分が良いと音楽を聴くにもますますテンションが上がるから不思議だ。
(あの頬張るときの幸せそうな顔。仲良うなったらまた見れるんかな)
あんなに大きな口を開けていたのに、急にチビチビ食べだした姿を思い出して笑ってしまう。
マフラーをするにはまだ少し暑いか。
彼女があれを身に着けてくるのを楽しみに感じている自分がいた。
空高く、秋は少しずつ深まっていく。