「謙也先輩、これどうぞ」
「おっ、チョコやな! おおきに。義理でも嬉しいで」
「あはは……」
マネージャー業の合間を縫ってみんなにチョコレートを配っていく。
一斉に渡すわけにはいかなかったので、ちょっと大変な作業だ。
「白石部長、これどうぞ」
「ああ、おおきに。財前にはもう渡せたんか?」
「う……、まだです」
「待っとると思うで」
「し、失礼します」
優しく微笑む白石部長の前から後ずさって去っていく。
もし本当に待っていてくれているのであれば今にでも渡しに行くけれど。
とてもそんな自惚れを持つことはできなかった。
「ユウジ先輩、小春姉さん、これどうぞ」
「おー、おおきに。もらっとくでぇ」
「あら、おおきにね、ちゃん。本番はこれからね。応援してるわよぉ」
「小春、なんのことや?」
「もう、ユウくんは鈍いんやからぁ」
小春姉さん、おおきに……。
その応援をどうにも力にできそうにない、情けない私を許して。
「ー! もっとチョコくれや!」
「金ちゃん、もういっぱいあげたでしょ!」
本日五回目くらいの金ちゃんの登場だ。
もう自分用のおやつのチロルチョコまであげてしまった。
金ちゃんは声が大きいので、つい財前くんが聞いていないかキョロキョロしてしまう。
なんやかんやで、アニメで場面が飛ぶみたいにすぐに部活も終わってしまった。
渡せなかった最後のひとつは鞄の中で猫のように眠っている。
ひとりだけもらっていないことに財前くんはもう気付いているだろうか。
こんなことなら、せめてみんなの分と同じチョコを用意しておくんだった。
……私からのチョコについてなんて、気にも止めていないかもしれないけれど。
片づけをそそくさと済ませて、みんなが着替えているうちに帰ってしまうことにする。
幸いバレンタインデーなんて赤とピンクと茶色のイベントは今日だけだ。
明日からまた何食わぬ顔で部活に出てこよう。
「、もう帰るんか?」
「……! ざ、財前くん」
そっとコートを後にしようとしたとき、なんと財前くんに声を掛けられてしまった。
まさか、謙也先輩より着替えるのが早いなんて……!
「俺、まだもらってへんのやけど」
「な、なんのこと?」
財前くんはいつものポーカーフェイスで、怒っているのか別にどうでもいいけどと思っているのか、何を考えているのかはさっぱりわからない。
「ああ、せやから……あー、めんどいな、ほんま」
財前くんの言葉に血の気が失せる。
肩に掛けた鞄の取っ手をぎゅっと握りしめて、やっとごめんなさい、とつぶやくような声で口に出すことができた。
「ちゃうちゃう、めんどいんは俺自身や」
財前くんが頭を掻きながらそう言って、二歩ほど近づいてきた。
私は反射的に一歩下がってしまう。
何歩か進んで何歩か下がるのんきな歌が頭の中に流れた。
「好きや、」
「……へ?」
財前くんがおもむろに発した言葉の意味を理解する前に、彼が言葉を続ける。
「せやから、くれや。本命チョコ」
鞄の中で、名前を呼ばれたチョコが動いた気がする。
けれどそれは私がどきっとして身体が跳ねただけだろう。
彼はさっき、確かに好きや、と言った気がする。
「もう安心して渡せるやろ」
そう言って口角を上げる彼の微笑みは白石部長みたいに優しくはない。
ただひたすらかっこよくて、不敵で、どきどきしてしまう。
「こ、これ……どうぞ」
白旗を上げるようにチョコを取り出し、財前くんに差し出した。
彼は当たり前のようにそれを受け取ってくれる。
「おおきに。……っちゅーわけで、今後ともよろしゅうな。俺の彼女さん」
「……!」
頭の上にぽん、と手を載せてきた財前くんの深くなった微笑みに、私はもう真冬の地面にそのまま倒れてしまいそうだった。
本命チョコの渡し方 15.2.14