放課後の図書室に入った瞬間、動きが止まりそうになった。
カウンターに財前くんがいた。
今日の図書当番、財前くんだったんだ……。

急に心臓がどきどきしてくる。相変わらずかっこいいなぁ。
でも、緊張してしまう。返却する本を無意識にぎゅっと抱え込んだ。
一歩ずつ近づくたびに心臓の音が大きくなっているみたいだ。

「返却、お願いします」
「ああ」

こんなに近くで彼を見れる機会なんてそうないけれど、まともに顔が見られない。
……熱くなってきちゃった。顔が赤くなっていたら恥ずかしいんだけど。

「ええよ」
「ありがとう」

私が彼と話せるのはまさしく今日みたいに彼が図書当番のときだけだ。
たった一言二言の事務的な会話でとても幸せな気分になれる。
つい早足になってしまいながらその場を去って、本棚の陰に隠れてから息をついた。

変な本借りてなくてよかった。今日返したのは翻訳本のミステリー小説だ。
ああ、でも、困った。
今日は新しく入った恋愛小説を借りるのを楽しみにしていたんだけれど。
財前くんの前で恋愛小説を借りるのはものすごく恥ずかしすぎる。

「また今度にしようかな……」

別に私が何を借りたところで財前くんは気にも留めないだろうけれど、やっぱり無理だ。
今日は調理部で使えそうな料理の本でも借りていこう。


さん、ぜんざい作れるんか?」

財前くんのいるカウンターにまた緊張しながら料理の雑誌を差し出したとき、そう言われて私はすぐに言葉が出なかった。
財前くん、私の名前知っててくれてたんだ……!
あ、でも図書カードに名前が書いてあるからか……。
それでも財前くんに初めて名前を呼んでもらえて、すごくときめいてしまった。

「あ、あの、今度調理部で作ってみようと思って」

借りた雑誌では「ぜんざいの作り方」が特集されていた。
財前くんがぜんざいを好きだというのは彼のファンの間では有名な話だったので、正直かなり下心をこめてこの雑誌を選んでしまった。
でもそれで話しかけてくれたのだから、思い切ってこれにして良かった!

「へー、ええな。手作りぜんざいか。俺ぜんざい好きなんや」

知ってる、とは答えられなくて、そうだったんだー、なんて白々しい返事をしてしまう。
そんな私に、財前くんはそれだけでゾクゾクするような目をじっと向けながら言う。

「作ったら俺にもくれや、テニス部抜けてくし」
「えっ……う、うん、いいけど」
「ほんまやな。絶対やで」

突然の展開にどきどきしすぎて訳もわからないまま頷いてしまったけれど、念を押す財前くんがあまりに可愛くて思わず笑ってしまう。本当にぜんざいが好きなんだなぁ。
なに笑っとんねん、とツッコまれてしまったけれど、それも嬉しかった。

「せやったらアドレス交換せな。ぜんざいできたら連絡くれや」
「あ、うん。そうだね」

うわぁ、どうしよう。思いがけず財前くんとアドレス交換することになってしまった!
慌ててポケットから携帯を出したけれど、赤外線ってどうやるんだったっけ……。
わからないで違うボタンばかり押していると、ここやろ、と財前くんがあっという間に開いてくれた。さすがだなぁ。

「これでオッケーやな。ほなよろしゅう」
「ふふ、よろしくね」

財前くんのアドレスをゲットできたなんて夢みたいだ。
頬が勝手に緩んでしまう。
財前くんがやけにじっと見てくるので、恥ずかしくなってしまったけれど。

「白玉ぜんざいで頼むわ」
「うん、わかってるよ」

そう言ってしまってから自分の失言に気づいてはっと口を押さえた。
財前くんがぜんざいを好きだって知らない振りをしていたのに、これじゃあ本当は知ってたんだってバレてしまう。

「じゃ、じゃあね」

財前くんの顔も見れない。言い訳も思いつかなくて、もう逃げるしかなかった。
借りた雑誌をひっつかむように抱えて、小走りで図書室を去る。

「まいどー」

一瞬だけ振り返ったとき、頬杖をついてそう言いながら財前くんは薄く微笑んでいた気がした。



飛んで火に入る  11.4.18