お、重い……。
係の仕事で職員室まで取りに行った荷物は、ダンボール箱二つ分のプリントの山だった。
紙とはいえこれだけ集まればかなりの重さだ。
かといって往復していたのでは授業の開始に間に合わない。
てっきり先生も半分運んでくれるのかと思いきや、じゃ頼むぞと言うと急いでどこかに行ってしまった。
仕方がない。頼まれたからにはやるしかないだろう。
覚悟を決めて重なった箱を抱えたのはいいけれど、視界が半分も見えなくなった。
箱の重みが両腕にずっしり掛かって痛いくらいだ。シャツの上からだけど、あとが残るだろうな。
しかもよりにもよって、教室と職員室は階が違う。
ダンボールの蓋はちゃんと閉められている訳じゃないし、間違ってもぶちまけないようにしないと。
「おーおー、。大変そうじゃの」
「その声は、仁王くん?」
「当たりナリ。よくできました」
意気込んで慎重に階段を下りていると、なんのつもりか仁王くんが後ろから頭を撫でてきた。
突然触られると、バランスを崩しそうになって大変危ない。
文句を言おうと振り向こうとしたけれど、私が馬鹿だった!
当然のようによろけてしまった。
「おっと、危ない。気ぃけんしゃい」
「ごめん、ありがとう……」
仁王くんは軽々と腕と背中を支えて私を助けてくれた。
細身でもやっぱり、男の子だ。……なんて感心するよりも、誰のせいだと責めるべきだったかな。
荷物をしっかり抱え直すのに夢中で、それどころではなくなってしまった。
「頑張りんしゃい。あと少しじゃ」
「う、うん、ありがとう」
私が体制を立て直すのをたぶん見届けたあと、仁王くんはひとりだけさっさと階段を下りていってしまった。
ちょっとくらい手伝ってくれてもいいのに……。甘えかなと思いつつも、やっぱりそう思ってしまう。
なにしろもう、指がじんと痺れるくらい重い。
確かに普通に歩けばあと少しの距離だけど、こんな状態ではまだまだ苦しい道のりだ。
仁王くんが軽やかに駆け下りていった階段を、また一歩一歩慎重に下りだす。
視界が半分も遮られていると、これが本当に怖いのだ。
やっと踊り場に出て荷物を持ったままひと息つく。ふう、これで折り返し。
時間はまだ大丈夫だろうか。他に人が通らないのを不安に思いながら、また階段を下りはじめる。
「あ、!」
「丸井くん?」
「大丈夫か? 持ってやるよ」
声と階段を駆け上る音と同時に、ほとんどダンボール箱に遮られた視界の中で鮮やかな赤い髪が見えた。
その後はなんだかあっという間だった。
立ち止まる間に腕が軽くなり、視界が広がる。
気付けば目の前に二つのダンボール箱を抱えた丸井くんがいたのだ。
「ほら、行くぜ」
「え? あ、いいよ! 私持つよ!」
あまりに突然のことに、まだ腕は箱を抱え込む状態のままだった。
丸井くんは顔を振って下りるように私を促す。
「いいから俺に任せろぃ。ここまでお疲れサン。大変だったろ」
私を労う丸井くんの笑顔はまるではじけるようだった。
なんて男前なんだろう……。
スタスタと階段を下りていく様子も、まったく平然としている。
なぜ自分があんなにのそのそしていたのか不思議になってくるほどだ。
まだ感覚のおかしい両腕をやっと下ろし、小走りで丸井くんを追い掛ける。
あの荷物があって普通に私より歩くのが速いというのはどういうことだろう。
さっき背中を支えてくれた仁王くんといい、やっぱり男の子って違う生き物なんだな、って私よりも全然広い背中を見ながら思った。
教室の前まできてやっと先回りし、これだけはやらないと、と扉を開ける。
丸井くんは明るい声で「サンキュ」と言い、私はなんだか少しどきっとしてしまった。
それをいうなら、さっきからずっとどきどきしっぱなしだけれど。
結局彼は最後まで手伝ってくれて、教卓の上に箱が置かれるとちょうどチャイムが鳴った。
私だけでは授業に間に合わなかっただろう。
「丸井くん、ほんとにありがとう。すごく助かった」
「気にすんなって。また何かあったら言えよ」
彼があまりに優しいので、私はどう返していいのかわからなかった。
返事をするかわりに顔が熱くなってしまって恥ずかしい。
また馬鹿みたいにありがとう、と繰り返しながら赤くなっているのを気付かれたくなくて俯くと、教卓の目の前の席からくつくつと笑い声が聞こえてきた。
「丸井クンは優しいのう」
「バカ仁王、余計なこと言うんじゃねーよ!」
突っ伏して寝ていたらしい仁王くんがにやにやしている。
確かに邪魔だけして駆け去っていった仁王くんとは大違いだ。丸井くんは優しい。
からかわれたことに怒っているのだろう、丸井くんの顔も少し赤くなっていた。
「お礼は後でいいぜよ」
「あー、うっせえっつーの! わかってるよ!」
何の話かわからなくなったが、そうだお礼、と頭がひらめく。
丸井くんにお礼をしよう。確か食べ物がまだ残っていたはず……。
あった! スカートのポケットを探ると、手の中にはのど飴がひとつ。
この間少しだけ咽喉が痛かったので持ち歩いていたのだ。
それにしても、のどあめ……。
せめていちごキャンディくらいだったら可愛かったかもしれないけれど、仕方ない。
「丸井くん、これお礼!」
「おっ、マジ? なんか悪いな、サンキュ!」
丸井くんの笑顔はちょっとクラっときてしまうくらい華やかだった。
あ、なんか、わかってしまった。彼にお菓子を貢ぐ女の子たちの気持ちが……。
「溶ける前に食うぜよ、丸井」
「だから仁王はうっせえっての!」
「プリッ」
失敗したかな、と思った。いつもガムを噛んでいる丸井くんは、あまり飴はなめないのかもしれない。
溶けるまで放置されたらちょっと悲しいな……。
馬鹿なことを考えながらふたりの変なやりとりを眺めていると、やっと先生が来た。
丸井くんのおかげで折角授業に間に合ったのだから、早く席に着こう。
「ほんとにありがとう、丸井くん」
最後に急いで告げると、丸井くんはおう、と男らしく笑った。
だめだ、ときめきが止まらない!
きっと今日の授業にはもう集中できないだろう。
恋に落ちるのは、たぶんきっとこんなときなのだ。
恋に落ちるのはこんなとき 09.1.20