同族嫌悪。それが鉢屋三郎に対して俺が抱く感情の全てだった。
誰も素顔を知らないというレベルで不破の完璧な変装をし続ける鉢屋は俺以上に酔狂な詐欺師だ。
所詮俺はコート上のペテン師。柳生の変装を始めたのも純粋にテニスのためだった。
人を騙すのが好きだ。人に自分を知られるのは好きじゃない。
だがその性質のどれも、あの人間には届かないのだろう。
奇しくも三年間同じクラスだった俺と鉢屋は、全く話をしたことがなかった。
「性質が似ている」と皆に囁かれているのを知りながら、意識的にか無意識的にか互いに避け合っていた。
鉢屋も俺に同族嫌悪を抱いているのは、それしか抱いていないのはもはや明白だった。
感応するのだ、時々。
俺が心底冷めた顔をしているとき、鉢屋も同じ顔をしている。そう言ったのは丸井だったか、柳だったか。
鉢屋の素顔は知らないけどお前らほんとは双子なんじゃねえの、そう言ったのは丸井だった。
俺が本気で嫌悪感を露わにしたからだろう、丸井は慌てて「わりぃ。冗談だよ」と謝ってきた。
たぶん、俺と鉢屋は根本的なところで感じることが似ているのだろう。
それは感性や価値観と言い換えてもいい。普通なら大親友になれたかもしれない。
だが俺は俺だったし、あいつはあいつだった。
だから俺たちは心底嫌い合う。
ところで俺には好きな女子がいる。
同じクラスの彼女はという名前の少し天然気味な女の子だった。
俺の罪のない嘘に容易く騙されてくれる可愛さと、不意打ちで仕返しをしてくる強かさを併せ持っていた。
からかうのも楽しいし、たまには騙されてやるのも楽しい。
鈍感なヤツだったから頭を撫でたり少し口説いてみてもちっともこっちの気持ちには気づかなかったが、そんなやり取りさえも楽しんでいるつもりだった。
を好きでいれば毎日が幸福だった。
時折頭をかすめる生きることへの憂鬱すら、の笑顔を見ればどうでも良くなった。
鉢屋に対する嫌悪感など、しばらくは抱いていたことを忘れるくらいだ。
だが俺は見てしまった。
一限目から遅刻して二限目から屋上に直行したその日、夏の始まりを告げる太陽があまりに眩しくて寝付けなかった。
日かげにはいたが、日なたのコンクリートに照り返す光さえ眩しすぎたのだ。
三限目はたしか移動教室だった、と思い出して教室に戻ることにした。
理科だったか、音楽だったか。だるい感じがいつもより強いから、きっと音楽だ。
あくび混じりに階段を下りる。なるべく足音を消して下りてみよう、と思ったのはただの気まぐれだった。
俺は勘が良い方で、気まぐれは大抵良い方へ流れる。
ただその日は違った。
誰もいないはずの階段で気配を消して歩いていた俺は、三階の踊り場で見てはいけない光景を見てしまった。
嫌悪感と愛しさが同時に溢れてくる。
それは今まで生きてきた中でもダントツに奇妙な感覚だった。
だがその珍しい感覚はあまりの衝撃に一瞬で消えさることになる。
俺が進もうとしていたその先で、鉢屋とがキスをしていた。
俺は小さい頃身体が弱かった。
今は大分マシになったが、数時間ごとに眩暈を起こすような子供だった。
気を失うときの感覚は今でも鮮明に覚えている。
本当にブツリと何かが切れたような感じがして、目の前が文字通り真っ暗になるのだ。
そして気付いたときには天井を見上げている。
だが今目の前が真っ暗になった後、俺が真っ先に目にしたのは白いシャツの背中だった。
さらに先に視線を向ければが驚いたような、不安そうな顔で俺を見上げている。
感応するのだ、時々。
俺と鉢屋は根本的なところで感じることが似ている。
俺はなぜか、一度も鉢屋と不破を間違えたことがなかった。
一瞬気を失った俺の身体を受け止めた鉢屋の、べっとりと触れた部分から混濁していく。
気持ち悪い。この上なく不快で、そして調和していた。
「俺はお前が大嫌いじゃ」
「オレもお前が大嫌いだよ」
これが俺たちの人生で、最初で最後の会話になるだろう。
俺は鉢屋の身体を振り解き、屋上に逃げ帰った。
太陽に照らされすぎて真っ白に飛んだコンクリートにぺたりと身体を押しつける。
はやく俺を溶かしてくれ。それが出来ないなら滅んでくれ!
を好きでいれば、俺は大丈夫だとそんな幻想を抱いていた。
を好きだから、俺はもうダメだった。
本当はずっと、鉢屋三郎になりたかった。
無限ループで10のお題 2.君を好きでいれば、僕は大丈夫だとそんな幻想を抱いていました 宇宙の端っこで君に捧ぐ様
09.8.17