勝ち目なんかないってほんとはわかっていた。
俺がのことを好きだって幸村部長はたぶん最初から気付いてたし、それでも俺に何も言わなかったのはただ自信があったからなんだろう。
が惚れるのは俺じゃなくて幸村部長だって。
と最初に仲が良かったのは俺なんだ。
をテニス部のマネージャーに誘ったのだって俺だし、出会ったのも喋ったのも触れたのも幸村部長より俺が先。
俺はが好きだったからマネージャーになってもらいたかった。
少しでも長く一緒にいたかったし、見ていたかったし見ていてほしかった。
それだけだったのに、こんなんことになるなんて恋の神様がいるならひどすぎる。
本当は最初から不安がなかった訳じゃない。
先輩たちもを好きになったらどうしようと考えたことはあったけれど、関係ないと思っていた。
俺はが好きで、にもきっと俺を好きになってもらう。それだけだったから。
そんな不安よりも、近くにいられることの方がずっと大事だったんだ。
けど現実は俺の望みとは全然違う。
の隣にはいつの間にか幸村部長がいて、話す時間も一緒にいる時間も俺より部長の方が長かった。
を見ている俺にはよくわかる、最初は部長から近づくことの方が多かったけれど、次第にの方からでも部長に近寄るようになった。
緊張してガチガチになりながら部長と話していたは、今じゃ思いっきりリラックスしてよく笑っている。
は俺の隣にいたはずなのに。俺だけを見て、俺だけに笑っていて欲しいのに。
マネージャーになってもらったのは大失敗だった。
今になってものすごく後悔していたけれど、いまさら辞めろなて言えない。
言ったとしても、はたぶん聞かない。
マネージャーとして有能だったし、楽しんでいるし、すげー悔しいけどたぶん、幸村部長と離れたくないっていうのが一番の理由で。
そんなことがわかってしまうくらい、と幸村部長の距離は近くなっていた。
その近づいた距離の分だけ、が俺から遠ざかっていったのは言うまでもない。にそんなつもりはなくても、俺には毎日離れていっているようにしか感じられなかった。
ひとりで抱えるのは限界だった。
相談相手として真っ先に浮かんだのは仁王先輩で、それは先輩が恋に慣れていそうだという勝手なイメージと、俺の味方にもなってくれないだろうけれど幸村部長の味方にもならないだろうと思ったからだった。
恋の相談なんスけど、というと仁王先輩はいきなり苦笑してみせた。
たぶん、もうなにもかもお見通しなんだろう。
「相手はあの幸村やからの。赤也、お前さん正直、相当分が悪いぞ」
俺が何も話を始めないうちに、仁王先輩はそう言った。
説明が省けた分楽だったけれど、いきなり凹んだ。
「わかってるっスよ。でもどうにかしたいから、こうして相談してるんじゃないスか」
仁王先輩は苦笑しながらうーん、と唸っている。
「ダメ元で告白でもしてみたらどうじゃ。振られるかもしれんが、意識はしてくれるじゃろ」
「ダメ元もダメ過ぎっスよ……。振られるための告白なんて俺は嫌だ」
確かに意識はしてくれるかもしれないが、気まずくなるだけだったらどうしようもない。
俺はと恋人同士になりたいんだ。
俺だけを見てほしい、触れたいし、キスだってしたい。もちろんそれ以上のことも。
でもこのままだと願望という名の妄想だけで終わってしまう。
敵はあまりにも強大で、頼みの綱の仁王先輩もこれじゃあ後は自分でどうにかするしかないのかもしれない。
テニスで勝ちたい三人の化物がいる、幸村部長はその中の一人だけど、正直この勝負ではテニスよりも勝てる気がしない。
でも俺は、どうしても勝ちたい。勝たなきゃいけないんだ。
「仁王先輩、俺……もっと積極的に、頑張ってみるっス」
「おー、頑張りんしゃい」
仁王先輩の反応はなんだか結構適当だったけど、やっぱりひとりで抱え込むより刺激になって良かった。
お礼を言って駆け出す、ひとつ決意をした俺は早速に会いに行こうと、校内を探して回った。
教師や真田副部長に怒られながら散々走り回ってたどり着いた屋上の庭園で、求めていた横顔を見つけた。
疲れが一瞬で吹き飛ぶ。けれどすぐに心の中が曇っていった。
は幸村部長と話をしていた。
部長は俺に気付かないうちにに手を振って去っていったけれど、残ったの表情を見て頭に血がのぼっていく。
幸村部長を見送るの笑顔は、今まで見た中で一番キレイだった。
恥じらい、ときめき、喜び。それが全部詰まったみたいな顔で、は微笑んでいる。
何も知らない他人が見たってわかるだろうっていうくらい、は恋する女の子そのものだった。
すごく可愛い、すごくすごく魅力的だ。
でもそれは俺に向けられたものじゃない。
俺の決意は遅かったのだろうか。俺はどこで間違えてしまったのだろうか。
俺の好きなは、幸村部長を好きになってしまった。
でも、だから諦めるって? 冗談じゃねえ!
「!」
赤目になっていく感覚の中、俺はに駆け寄った。
が振り向くときにはその驚いた顔はもう間近で、俺は止まろうとか何も考えていなかったからを両手に抱き締めてそのまま庭園に飛び込んだ。
花びらが何枚か千切れて舞ったけれど、俺の視界にはしかいない。
馬鹿みたいに青い空も見えない。
勢いのまま押し倒したが、まだびっくりした顔のまま俺を見上げている。
次第に困ったように、それどころか泣きそうに歪んでいく表情はどうやってもあの笑顔にはなりそうもない。
俺はこんなに好きなのに。いつもこれくらい近くにいたいのに。
「なあ、笑えよ。俺にもさっきみたいに笑ってみせろよ」
「切原くん……?」
怯えたの表情も好きだ。でもいま欲しいのはそれじゃない。
わかれよ、って心の中で叫んだ。
毎日好きだって何百回も想ってたのに、に伝わったことなんてない。
俺だって雰囲気とかタイミングとか、色々考えていた。
こんな、たぶん最悪な状況で告白することになるなんて、思ってもみなかった。
「俺、お前のことが好きだ。ずっと好きだった。だから俺のものになって」
「えっ……」
「幸村部長なんかに渡さねえ。後から掻っ攫われてたまるかよ。もうアイツなんかに近づくな。なあ、俺の傍だけで笑えよ」
返事はわかっていた。断られるに決まっている。あんなに嫌だった、振られための告白だ。
俺ってほんとキレやすい。
もう頭ん中はぐちゃぐちゃで、何がなんだかわからなくなっていた。
が好きだ、が欲しい、でも返事は聞きたくない。
最後にはそれだけがぐるぐるぐるぐる回っている。
「あの……」
「答えんな!」
だからが口を開いたとき、俺はそれを塞がなきゃとそれしか考えていなかった。
両手でを組み敷しながら唇を塞ぐ方法なんて一つしかない。
それがキスだとか、俺は考えなかった。
ただ続きを聞く前に、早くしなきゃって、それだけだった。
には逃げ場なんてない。
俺はそれでも馬鹿みたいに焦りながら、顔を近づけた。
「そこまでだ、赤也」
気付けば空を仰いでいた。
逆光の中を無表情の幸村部長が見下ろしてきて、息が止まりそうになる。
後頭部と咽喉に鈍い痛み。シャツの襟を後ろから引っ張られ、いとも簡単に投げ飛ばされたらしい。
「ゆ、幸村先輩」
「怪我はないかい」
二人分の声が頭に響く。
後頭部を押さえながらなんとか起き上がると、が幸村先輩の手を借りて身体を起こしているところだった。
制服についた土や花びらを、幸村部長がおそろしく優しい手つきで払い落していく。
なんだか俺の気持ちが払われているように感じて傷が増えていく。
「赤也。一足違いだったね」
「……なんスか」
このままで済むとは思っていなかった。
相手は何しろ幸村部長で、俺が押し倒したのはだ。
制裁でもなんでも好きにすればいい、と思った。
俺はしたいようにしただけだ。悔しいし辛いけれど、後悔はしていない。
けれど幸村部長は、怒るでもなく微笑んでいる。奇妙なほど、優しく。
「俺もさっき彼女に告白したんだ」
の手をどこかの紳士みたいに取りながら立ち上がると、幸村部長はそう言った。
同時に思い出したのはのあのキレイな笑顔だった。
嫌でも想像がついてしまう、その告白の結末が。
「は今日から俺の彼女だよ」
頭が痛い。咽喉が痛い。でも一番痛い場所に手を当てることができない。
目には見えない場所が熱いくらいに痛い。
たぶん俺は、すごく情けない顔でのことを見た。
幸村部長にと呼ばれ、触れられ、恋人になったを。
「切原くん、さっきの、その、気持ちはありがとう。でも私が好きなのは幸村先輩だから、……ごめんなさい」
聞きたくなかった言葉を、とうとう最後まで聞いてしまった。
「切原くん、」最初のその一言だけで俺は釘づけになってしまう。
名前を呼ばれるだけでこんな状況でも嬉しくなってしまうくらい好きなのに、なんでは俺のものにならないのだろう。
「……が好きだ」
「俺だってが好きだよ」
「あ、あのっ……」
俺の方がを好きだ。長さだって重さだって絶対に勝ってるって自信がある。
けれどそれだけでこの勝負に勝つことはできない。
でも、それがなんだ?
がずっと幸村部長を好きでいる保障がどこにある。
が俺を好きになる可能性だってまだ、きっとゼロじゃないはずだ。だから。
「俺は諦めねえ。ずっとを好きでいる」
テニスだって恋だって、いつか幸村部長に勝ってやる。
そう思っていたけれど、この際勝負なんてどうでもいい。
青学の乾さんはデータを捨てて柳先輩に勝った。
なら俺は、勝ち負けを捨ててを振り向かせてみせる。
を大好きだっていう、この気持ちだけで。
「っ……!」
すごく純粋にそう感じたら、ごく自然に頬が緩んだ。
俺が微笑みかけたのはもちろんで、今の俺の顔はきっと、さっきが幸村部長にしていた表情に似ているんだろうってなんとなく思った。
そうしたらが赤くなったのが嬉しくて、すぐに変ににやけちまったけど。
「……俺は負けないよ、赤也」
幸村部長はそう言ったけど、それはつまり、まだ勝った気はしないってことだ。
でももうどうでもいいことでもあった。
「俺はを好きなだけっスから」
さっきは強引なことして悪かった、最後にそう謝ってから、俺は二人を残して屋上を去った。
二人きりにさせておくのは正直かなり不安だったけれど、今までほどじゃない。
を好きだっていう想いで満たされて、どこか爽やかなくらいだった。
きっとこの気持ちは、まだまだ大きくなる。
の彼氏じゃない俺は、立ち場的には負けなのかもしれない。
けれど毎日見るだけで幸せな気分になったら、それはすごく価値のある日々になるような気がした。
もちろん好きになってもらうことを諦めた訳じゃない。でもどこか吹っ切れた。
昨日より今日の方が、もっとを好きになった気がした。
この気持ちを恋じゃなくて愛と呼ぶのかもしれない。
一歩ずつゆっくりと階段を下りながら、凪いだ心でそう思った。
好き過ぎる7のお題 アイツなんかに近付くな 11.2.6