、しっかりせんか! たるんどる!」
「ご、ごめんなさい!」

怒鳴ると、は肩を震わせて頭を下げる。
足下のボール籠に躓いて、手にしたボトルごと転びそうになったのだ。
俺が見ていたから助けられたものの、怪我でもしたらどうするつもりだったのだ。

「まったく、お前は。ヘマをするくらいならうろちょろするな」
「……ごめんなさい」

危なっかしくて目が離せないではないか。
がコートにいると、どうもそちらの方ばかり気になってしまって練習に集中できない。
目の届かないところにいればいるで、何か事故でも起きてやいないかと気が気ではないのだが。

「コートの隅で道具の手入れでもしていろ」
「……は、はい……」

それなら怪我をすることもないし、俺も安心して練習を続けられる。
我ながら良い案だ、と満足して頷いたところで、ひょいとの抱えていたボトルを一つ取りながら仁王が現れた。

「真田、そんくらいにしてやりんしゃい」
「なんだ、仁王。どういう意味だ」
「そのまんまの意味だろうが。だってマネージャーの仕事を頑張っとるんじゃ。そう邪険にすることもなかろう」

邪険? 俺はの安全を考えただけのことだ。
しかし俯いていたが顔を上げたのを見たとき、衝撃が走る。
涙を流してこそいないが、今にも泣きそうな顔をしていた。

「ま、待て。なぜそんな顔をしている?」
「……大丈夫。もう、邪魔にならないようにするから。本当にごめんなさい、真田くん」

は俯いたまま、うなだれるようにさらに頭を下げた。
なぜそんな反応をされるのかわからず、狼狽してしまう。
違うのだ。俺はに謝って欲しかったわけではなく、ただ……。

「外で自主練してくるナリ。を借りるぜよ」
「待て、仁王! いくらそいつがお前の恋人だからといって、部活での公私混同は許さん!」

の腕を引っ張って行こうとする仁王に自分でも不思議なほど勢い良く怒鳴りつける。
だが仁王はすっと冷めたような視線で振り返った。

「公私混同しとるのはどっちじゃ。カゴに躓いたくらいでアレはないじゃろ。真田、お前はに厳しすぎる」

言い放たれ、言葉を返せなかった。
オロオロと俺と仁王の間で視線をさ迷わせるを見遣る。
俺がに厳しすぎる?
自分ではまったくそのつもりはなかったが、はいつも俺に対して怯えているようだった。

「行くぜよ、
「う、うん」

仁王に促され、は俺に微かに会釈して歩き出す。
振り返ることもなくその背中がコートを出て行こうとしたとき、俺はたまらず駆けだしていた。

「待ってくれ!」
「きゃっ!?」

短い悲鳴と同時にが抱えていたボトルが地に落ちる。
しかし構わず、俺は必死に掴んだ彼女の腕を放そうとしなかった。

「違うんだ。俺はお前に厳しくするつもりだったんじゃない。俺は、ただ……」

ただ、何なのだ?
心なし青ざめたような顔で俺を見上げるを、俺はどうしたいというのだろうか。
不意に苦しくなってくる。そんな怯えた目で俺を見ないでくれ。

「真田くん、痛い……!」
「放さんか、真田」

いつの間にか俺はの手首を強く掴みすぎていたようだった。
の悲鳴のような声と同時に仁王が利き手で俺の手を掴んでくる。

しかし、俺はの手を放したくなかった。
この手を離せばは仁王と共に行ってしまうのだろう。
俺にはそれがたまらなく嫌だったのだ。

「俺はただ、お前のことを……」
「真田!」

仁王にしては珍しいほどの大声で、俺の言葉は遮られた。
これも珍しく真っ直ぐに目を見て仁王は言い放つ。

を放せ」

反論しようにも、言葉が見つからない。
俺はさっき何を言うつもりだったのだろう。
仁王に掴まれた手が急に痛んだ気がして、力を緩める。

の手首が俺の手形に赤く染まっていた。
言いようのない感覚にどくん、と心臓が鳴る。

「何のつもりか知らんが、頭を冷やせ。これ以上を傷つけるな」

元々切れ長の目がさらに鋭利さを増していた。
行くぜよ、とを抱き寄せるように引き連れ、後には呆然とした俺と転がったままのボトルが残される。
それを緩慢な動作で拾い上げ、小さくなっていくの姿を見送った。

ひどく胸が痛むようだった。これはなにかの病気だろうか。

「まったく、見ていられないね」

それまで事態を静観していたらしい精市が腕を組みながら声を掛けてくる。
俺は縋るように精市の方を見る。
精市になら自分にもわからないこの感覚がなんなのか、答えを教えてくれる気がしたのだ。

「精市。俺は一体、あいつをどうしたいのだろうか」
「どうしたいって、真田はさんのことが好きなんだろう」
「……」

あっさりと放たれた精市の答えを、最初はまったく理解できなかった。
訳がわからず固まっていると、顔のすぐ横をボールが掠めていって我に返る。
気付けば目の前で精市がラケットを振り抜いた後だった。

「……好き、というのは、その、こ、恋慕っているという意味だろうか」
「本当にじれったいな。当り前だろう。真田、お前はさんを好きなんだ。恋をしている。愛してるんだよ」

畳みかけるように言われ、衝撃を受けつつもそうか、と自然に受け入れることができた。
なぜあんなにのことが気になるのか、仁王と共にいるところを見ると落ち着かなくなるのか。
全て、俺がを好きだったからだったのだ。

けれどそれを自覚したところで、がいつも俺に向ける怯えた表情を思い出した。
仁王に言われた「これ以上を傷つけるな」という言葉も。
俺はのことが好きなのに、どうしていつも傷つけてしまうのだろうか。

「真田は素直なんだかそうじゃないんだかわからないよね。さっきだって、さんのことが心配なら心配だと言えばよかったんだよ」

俺の内心を見抜くように、精市がため息を吐きながら助言してくれる。
確かに俺は理由も説明せず、ただ命令してしまった。
自分ではそれで満足していたが、肝心のは涙を浮かべそうなほど傷ついていたのだ。

「精市、俺は……」
「いいからさっさと謝ってきなよ」
「し、しかし、今は部活中だぞ」
「俺がいいと言っているんだ」

……思わず身体が震えそうになった。
精市の厚意、かはわからないが、ともかく気持ちをありがたく受け取っておこう。

「すまない。ここは任せた」

精市が頷くのを確認し、駆け足でコートを出る。
の怯えた表情が脳裏に浮かび、振り払うように頭を振るう。

もう傷つけはしまい。
たとえ仁王という恋人がいたとしても、愛した女は守り抜く。
清々しい風が身体と心を同時に吹きぬけていった。


「仁王相手じゃ分が悪いけど、少なくともさんを怯えさせることはなくなるだろう」
「部内の空気も前より良くなるだろうな。しかし、三角関係とは厄介なものだ」
「まあ仕方がないよ。止められるものじゃないからね。俺たちは温かく三人を見守ろう、柳」

優しい言葉とは裏腹に、幸村はどこか楽しげだ。
正直言って恋を自覚した弦一郎がどういった行動にでるのか俺にも予想がつかない。
仁王はに惚れ込んでいるから当然黙ってはいないだろう。
何にせよ一番苦労するのはだろうな、と俺は心の中でそっと手を合わせた。


好き過ぎる7のお題  好きなのに、どうして傷つけてしまうのか  11.2.16