それを見たのは偶然を装った必然だった。
昼休みに教室の外でを見掛け、ふらふら付いていったら図書室に辿り着いた。
後をつけたのがバレてもいいか、というくらいの気持ちだったので堂々との少し後に続いて入った。
この学校の図書室は蔵書は多いが入り組んでいる。
その上俺はほとんどこの場所に来たことがなく、の姿をすぐに見失ってしまった。
年を重ねた紙の匂い、静かな場所は好きだが少し緊張感の強いここの雰囲気はあまり好きじゃない。
本棚と本棚の間をきょろきょろ見回しながらの姿を探す。
宝探しみたいで少し楽しくなった。見つけたのは一番奥まったところだった。
けれどいたのは一人ではなかった。
隣、というかほとんどくっついてをやわく抱いているのは見慣れたうちの参謀で、二人は誰がどうみてもそれと認めるしかない恋人同士のように、キスをしていた。
柳に彼女がいるなんて知らなかった。
しかもよりにもよって。
俺はそういったことに聡い方だが、柳は今までまったく気取らせなかったのだ。
それに加えて俺は毎日飽きもせず熱心にを見ていたのに、はフリーだとばかり思い込んでいた。
なんて隠し事のうまい二人なのだろう。
嫌味なくらい図書室デートの似合う、静謐で美しいカップルだった。
今こうして覗き見をしている俺なんて、完全なる異物だ。不純物だ。邪魔者以外の何ものでもない。
(気持ち悪い)
吐き気がした。食べたくないのに、無理矢理腹におさめたときみたいな拒否感。
すぐ傍の本棚にへばりつくように縋って、シャツを掴む。
気持ちが悪い上に動悸が激しい。すごく嫌な感じだ。
耐えられない。しゃがみこむ。胸をおさえて蹲る。
「仁王、大丈夫か?」
聞き慣れた参謀の声がぽつりと秋雨のように降ってくる。
歯を食い縛って顔を上げると、柳が心配そうな顔で俺を見ていた。
俺に吐き気を催させた張本人だ。
邪険に振り払いたくなったが、隣にがいたから我慢した。
「どこか痛むのか?」
「心臓」
柳の表情が険しくなった。悪い病気じゃないだろうかと疑っているのだろう。
いつだってこいつの対処は冷静だ。
色々問診しようとしてきたので嘘も面倒くさくなった。
柳とが一緒にいる以上胸は痛んだままだったが、ひらひらと両手を振って軽やかに見えるように立ち上がる。
「冗談。ちょっと気持ち悪くなっただけじゃ。昼メシ食べ過ぎたかの」
「……本当に大丈夫なんだな?」
心配性やの、うちの参謀は。
茶化して返すと、呆れたため息が返ってきた。
そういう冗談は良くないぞ、と諫められる。
幸村のことを思い出して、素直にすまんと謝った。
「仁王がこんなところにいるなんて珍しいな」
「こっちこそ珍しいモン見せてもらったぜよ。邪魔して悪かったな」
柳は少し押し黙ったあと、やはり見られていたか、と困ったような顔をする。
その頬に赤みがさしているのが薄暗い図書室の中でもわかる。
さすがの柳も秘密のキスシーンを見られたことには気恥かしさを感じているようで、俺がここにいることについては幸い追及されなかった。
に目を向けると、彼女も顔を赤くして俯いていた。
可愛いと思う。とても。
柳のシャツの端っこを、控え目に掴んでいる仕草も。
「もうすぐ授業が始まる。戻ろう。歩けるか?」
「大丈夫だって」
手まで差し出してくる、過剰に俺を気遣うのは照れ隠しからだろうか。
その手を冗談めかして払い、先に立って歩き出す。
図書室を出て廊下を歩いて、その間は三者三様の沈黙だった。
柳の教室に着く。少し気まずそうに「また、部活でな」と俺に向かって手をあげた後、には微笑みかけながら黙って手を振った。
も花びらに触れるようにひらひらと白い手を振りかえしている。
「はしっかり、俺がクラスまで送ってやるぜよ」
「送るというか、同じクラスだろう。……まあ、よろしく頼む」
柳は過保護だ。彼女のこともからかいながら、慈しんでいるに違いない。
を見ると、苦笑しながらよろしくお願いします、と軽く頭を下げてくる。
笑顔でああ、と返してやった。
俺の後をは半歩遅れて付いてきた。
柳ともいつもそんな感じなのだろうか。
手を引いて歩いてやりたくなる距離ではある。
意識して歩みを遅くすると、不意打ちを喰らったは隣に並んだ。
「……」
もっと速度を落として、壁に手をつくようにする。
この程度の演技はお手の物だ。
今回ばかりは100%仮病というわけでもなかったが。
俺の先に立ったは振り返り、心配そうな顔をした。
「すまん、やっぱりちょっと、気分が悪い」
「大丈夫? 保健室、行く?」
は立ち止まった俺の背中を支えるように手を添えた。
そんな触れ方でも随分嬉しい。
の厚意を利用するのは少しばかり気が引けるが、残念ながら俺は詐欺師だった。
「いや、それより外の空気が吸いたい。屋上に行く」
「そっか。付き添おうか?」
「すまんが、そうしてもらえるとありがたい」
頷いたに背中を支えられたまま歩き出す。
少しの間傍にいてもらうだけだ、俺はそれだけでいい、心の声はそう言っていたが、まるで自分に嘘をついているような気がした。
授業中の屋上に人はいなかった。
それでもたまに俺みたいな奴が来るので、他のサボり連中にも見つかりにくい絶好の場所にを誘導する。
風に揺れる髪をそっとおさえる彼女の仕草に見とれた。
「いい風。これなら気分も少しは良くなるんじゃないかな」
「そうじゃの。ありがとうな、」
座り込むと、も少しだけ迷ったあと隣に腰を下ろした。
いつ自分だけ戻ればいいか見計らっているのだろう。
だが俺は授業が終わるまでの間、を独り占めする気でいた。
「柳と付き合っとったんやの」
「ん……、うん」
ほんの少しのためらいの間に頬に朱がさす。
結局は肯定するの声は気恥かしそうだったが、どこか嬉しそうでもあった。
今まで誰にも気取らせなかった割には、秘密の関係という訳でもなかったらしい。
柳のことだ、単に噂が広まれば外野が騒がしくなるとでも考えていたのかもしれない。
黙ってを眺めていると、見たばかりのキスシーンがフラッシュバックする。
いつもはあんな風に柳に触れられているのだろうか。
唇だけじゃなくて、手も髪も。
目蓋や首筋、足も腰も。制服の下の素肌だって。
……まずい。本当に気分が悪くなってきた。
「仁王くん? 大丈夫? やっぱり保健室行った方が……」
「いい。頼むから一緒にここにいて」
片手は軽い吐き気を感じた口を覆ったまま、心配を乗せてためらいがちに伸びてきたの指をもう片方の手で掴む。
はびくりと震えたけれど、力任せに振り払ったりしなかった。
俺を受け入れてくれた。
相手は弱った病人なんだから仕方がない、そう思っているのかもしれない。
それでもの熱が嬉しかった。感触が嬉しかった。息遣いすら嬉しかった。
俺もにキスしたかったけれど、のみ込むように思い留まる。
はきっと傷つくだろうし、そんな風に柳を裏切ることもしたくない。
これが今の俺の限界。
「仁王くん、本当に苦しそう。私で良かったら、治るまで一緒にいるから」
当然だ、本当に苦しいのだから。
病名が恋の病だなんて、まったく笑える。
丸井あたりが知った日には腹を抱えて爆笑するだろう。
仁王が恋の病かよ。まじウケる。――似合わなくて悪かったな。
少し震えたの声は、毒にも薬にもなった。
同時に投与されて奇妙な気分になる。
麻薬ってこんな感じなのだろうか。
(でも治らん。がいる限り、俺の病気は治らんぜよ)
言葉が出てこないように、立てた膝に顔を埋めた。
と繋がった手にぎゅっと力をこめる。
苦しい苦しい苦しい。心のどこを見ても、への想いでいっぱいだ。
心も身体も支配された詐欺師には、もはや沈黙という手段しか残されていなかった。
好き過ぎる7のお題 相当侵食されていると思う、心の奥の奥まで 11.2.5