赤也に彼女ができたらしい。
からかわれるのをわかりきっていたのか、しばらく内緒にしていたようだけど、本当はすぐにでも自慢したかったに違いない。
仁王が「見たぞ赤也、女の子と仲良さそうに帰っていくところを」というと、わざとらしく「あれっ、バレちゃいましたか」なんてぬかしやがった。
その後はいかに自分の彼女が可愛くて自分たちがラブラブかを熱弁し始めた。
真田の「たるんどる!」も、顔を真っ赤にしたそのときばかりはまるで説得力がなく、赤也が増長するだけの結果に終わった。
ま、そこまで自慢されちゃあ見ない訳にはいかないだろぃ。
というわけで、昼休みに赤也のクラスまで足を運ぶことにした。
彼女は自分と同じクラスだとか、そのコの名前まで赤也はばっちり語っていたから。
「おい、赤也に見つかったらまたうるさいんじゃねぇのか」
当然ジャッカルも連れてきた。
「んだよ、ジャッカルだって気になるだろぃ。それにこれも先輩の務めってやつ?」
「意味わかんねぇよ……」
文句を言う割には、教室を覗く様子は随分と乗り気だ。
ジャッカルのやつ、素直に見たいと言えばいいものを。
とりあえず赤也の教室を見回してみるが、赤也はいないようだった。
「ちょうど良いじゃん。今のうちに呼び出しちまおうぜ」
「おいおい、そこまでするのかよ」
「別にジャッカルは他人の振りしてても良いぜ。あ、ねぇそこのキミ」
「って、ナンパかよ……」
ちょうど教室を出てくるところだった女子に声を掛けると、随分驚いた表情が返ってくる。
まあ、俺らは学校じゃ有名だからしょうがねぇ。
顔を赤くした下級生を見るのも慣れたもんだ。
「な、なんでしょう」
「ってコ、どれ?」
。それが赤也の彼女の名前だ。
フルネームは知らないが、とにかく赤也はは可愛いだのは俺が大好きなんスよだのは抱き心地がよくってだの連呼していた。嫌でも覚えるってもんだ。
緊張しているらしいそのコは、また驚いた顔をしてからちょっと不信そうな顔をした。
それでも教室を振り向くと、窓際の方を手で指し示して教えてくれる。
「はあのコです」
あとはすぐにわかった。
ふわっとしてて、しろくって、とにかくめちゃめちゃ可愛いんスよ。
赤也の舞い上がった声を思い出す。
赤也の彼女は、リボンの似合いそうな女の子らしいコだった。
「嘘だろぃ。赤也にはもったいないぜ」
つぶやきはジャッカルには聞こえていたらしく、俺もそう思う、とやるせない同意が返ってきた。
なんだか無性に負けた気分になる。
悔しいから、このままじゃ帰れない。
「ねえ、ちょっと呼んでくれない? ちゃん」
「おいブン太、もういいだろ」
肩を掴んで止めてくるジャッカルの手を軽く払い、ガムを膨らませながらさっきのコに頼む。
困惑しながらも、彼女はちゃんを呼びに行ってくれた。
「どうなってもしらねぇぞ」
「どうなるもこうなるもねぇだろぃ。ちょっと話すだけだっての」
様子を眺めていると、彼女に声を掛けられたちゃんがこっちを見た。
視線を彼女に戻し、困った顔で首を振っている。
心当たりはない、とでも言っているのだろうか。
もう一度こっちを向いたので、思い切り笑顔で手を振ってみる。
見当違いのところから歓声が聞こえてきて少しビビった。
「お、来た来た」
「俺は関係ねぇからな」
そう言ってジャッカルは少し離れる。
関係ないなら帰りゃいいのに。
文句を言う前に、ちゃんが俺の目の前に来ていた。
「あの、お呼びでしょうか?」
「そう、急に悪いね。俺、テニス部三年の丸井ブン太。シクヨロ」
「あ、二年のです。よろしくお願いします。丸井先輩、ええと、それから桑原先輩」
「! あ、ああ。よろしくな」
(ジャッカルのやつ、思いっきりバレバレでやんの)
ちゃんは俺たちのことを知っているようだった。
ジャッカルは結局、すごすごと寄ってくる。
それにしても、なかなか礼儀正しいコのようだ。
赤也のやつ、自分とは正反対のタイプに惹かれたんじゃないか?
「キミ、赤也の彼女なんだって?」
「はい。お二人のことは、赤也くんから色々うかがってます」
ちゃんは今にもくすくす笑い出しそうに楽しそうで、俺はジャッカルと顔を見合わせる。
赤也のやつ、あることないこと面白おかしく聞かせているに違いない。後で制裁だな。
「先輩方って本当に面倒見が良いんですね。赤也くんが羨ましいです」
「お、おう。まあな」
ふわふわ笑うちゃんはわたあめみたいで、本当にかわいかった。
それに良い子だ。赤也が羨ましいのは俺たちの方だった。
「あれ? 先輩たち、何やってるんスか……って、ちょっと!」
チッ。赤也のやつ、もう戻ってきやがった。ろくに話もできてないのに。
赤也はちゃんを見るなり、俺たちの間に割って入った。
自分の身体で彼女を隠すように両手を広げて立ち塞がる。
失礼なヤツ。でも顔が焦りまくっていて面白い。よっぽど慌てたらしい。
「な、なんで先輩たちがと話してんですか!」
「そういう言い方はねぇだろぃ。かわいい後輩に彼女が出来たって聞いて、ちょっと挨拶しにきただけだっつの」
「絶対面白がってるだけでしょ」
「バレた?」
小柄なちゃんは赤也にすっぽり隠れていて、その表情が見れないのが惜しい。
きっとさっきみたいに楽しそうに笑っているんだろう。
それとも少し、困っているのだろうか。
なんとなく気になって見えるように顔を動かそうとすると、赤也がすごい目で睨んできた。
「なんだよ、赤也。ちゃんが見えないだろぃ」
「別に先輩は見なくていいっスよ。見る必要ないでしょ。ていうか、見ないでください」
赤也の言いように、さすがに少しむっとした。
むきになるなよ、と笑って小突きでもすればよかったのに、俺にもなぜかそれが出来なかった。
膨らませていたガム風船を無意識のうちに大きな音で割り、強く噛みながら赤也を睨み返す。
食べ物のこと以外で怒る俺に、赤也の視線も少し怯んだ。
「おい、ブン太に赤也。そこまでにしとけ」
「ジャッカルは黙ってろぃ」
「ジャッカル先輩は黙っててください」
「ぐっ……お前ら……。さんだって迷惑してんじゃねぇのか」
仲裁に入ったジャッカルの言葉に、赤也は彼女を振り向く。
彼女が見えるようになったので、俺もちゃんを見た。
そのちゃんは赤也のことしか見ていなくて、また少し苛つく。
「赤也くん、いくら仲が良いからって、今の言い方は失礼だよ」
「なんだよ、は丸井先輩の肩持つってのか!?」
「そうじゃなくて。親しき仲にも礼儀あり、って言うでしょ? それに相手は先輩なんだから」
「って時々、柳生先輩みたいなこと言うよな……。まあ、お前がそう言うんなら。先輩、すいませんっした」
ぞんざいに頭を下げる赤也は、ちゃんに言われただけでずいぶん素直になるみたいだった。
なんっか面白くねぇ。
逆に俺は素直に許す気になれず、ジャッカルに肘でせっつかれてやっと、ま、いいけど、と返す。
それが気に入らなかったのか、赤也はまた睨んできたけれど口に出すのは我慢しているようだった。
「あの、すみませんでした、先輩方」
ちゃんは一歩前に出て、赤也の隣にならんできちんと頭を下げてくる。
彼氏が何かしたからって彼女が謝るのって、なんかそれってすごく恋人っぽい。
こいつらは恋人同士なんだから当り前か。
赤也のやつ、きっとちゃんに迷惑掛けまくってんだろうな。
俺はなんだか苛々とかやるせなさがこびり付いたように取れない。
「謝らなくていいって。ちゃんが気にすることじゃねぇだろぃ」
俺が怒っていると思っているのか、ちゃんはまだ頭を下げたまま上目遣いで俺を見ていた。
こっちを見てくれるのがなんだか嬉しくて、ずっとそうしてくれても良いな、なんて心の中では思いながら声を掛ける。
「丸井先輩、そのちゃん、ってのやめてもらえません?」
「あっそ。じゃ、」
「……俺、やっぱりマジでぶち切れてもイイっスか?」
赤也は今にも赤目になりそうなやばい雰囲気だった。
それならそれでもいい。赤也が赤目になったら、きっとちゃんだって引くだろう。
責任感の強そうなコだから必死に赤也を止めに入るに違いない。
キレた赤也はきっとちゃんすら殴り飛ばす。そしたらジ・エンド。二人はお終いだ。
あとは俺がきっちり、ちゃんを慰めてやればいい。
「おいブン太、いい加減にしとけ」
「赤也くん、やめなってば」
ジャッカルは俺を、ちゃんは赤也を止める。
俺も少し思考がぶっ飛んでいたから、さすがに頭が冷える。
もう戻るぞ、とジャッカルが強引に引っ張るまま、俺は赤也たちの教室を後にした。
ちゃんは一度だけ急いで俺たちに頭を下げると、赤也の両手を取って困った顔で一生懸命なだめているみたいだった。
目を細めてそれを見ながら噛み込んだガムからはすっかり味がなくなっていた。
「ジャッカル、俺、ちゃんに惚れちゃったかも」
「見てればわかるっつの。これからのお前と赤也の衝突を思うと、今から胃が痛ぇよ……」
「なあ、俺、赤也のこともほんとにかわいい後輩だって思ってんだけどな」
「わかってるよ。まあ、恋っていうのはそういうもんだろ」
「……なんか、ジャッカルが恋とか言うとキモいな」
「……放っとけよ」
そのあとはなんとなく沈黙のまま、俺たちはそれぞれの教室に戻った。
午後の授業はいつも以上に集中できなくて、なんだか食欲も減ったみたいだった。
ぼーっとしてたらいつの間にか机の上にお菓子が山積みになっている。
きっといつもみたいに女子がくれたんだろう。
俺は新しいガムを一枚取り出すと、それを噛みながら鞄にお菓子をしまい込む。
今は食べる気になれなかった。
「丸井、どうした? お前さんがお菓子を前にして食べないなんて、珍しいこともあるもんやの。ひょっとして恋患いか?」
冗談にしても仁王の鋭さが嫌になった。
無視を決め込んで机に突っ伏すと、当たったみたいじゃな、と楽しそうな声が返ってくる。
ちゃんのことを思い出すと、ぎゅっと胸が締め付けられる。
でもその目に映っているのは俺じゃなくて赤也なのだ。
せつなくて、少し凶暴な感情が俺の中で暴れる。
空腹のときとは違う苛立ちの治め方を、俺は知らない。
「俺以外見るんじゃねぇ……」
「……丸井。俺、お前さんのことは嫌いじゃないが、悪いが気持には答えられ」
「仁王に言ってんじゃねぇつうの!」
叫んだら腹が減った。女子がやたらとキャーキャー言ってるのが耳にうるさい。
お菓子の詰まった鞄を手に取り、立ち上がってそのまま教室を出ようとすると、「ま、頑張りんしゃい」と仁王が声を掛けてきた。
相手が赤也の彼女だと知っても、果たしてそう言うのだろうか。
人の来なそうな階段に座って、誰がくれたかもわからないお菓子を食べる。
いつもはそんなこと気にしなかったが、今は味も感じない。
俺はもう駄目かもしれない。
ちゃんという存在を知ってしまったから。
自分の熱情に驚いているのは誰より自分だ。
クッキーを一袋空にすると、心の中でごめんと繰り返しながら、残りのもらいものを全部ごみ箱に捨てる。
もう他のコからお菓子をもらったりしないから、だから。
俺にしては思い切ったジンクスだ。
(だからちゃん、俺だけを見てくれねぇかな)
軽くなった鞄を抱えて立ち竦む。
目の前が黒く染まるような独占欲も、またひとつの飢えなのかもしれない。
好き過ぎる7のお題 俺以外見るんじゃねぇ 11.2.10