柳生が恋に溺れている。

あの紳士が、恋人を前には形無しだ。
勉強も手につかないようで、この前初めて宿題を忘れてきてクラス中を驚かせたそうだ。
弦一郎もいつもの「たるんどる!」ではなく、「どうしてしまったのだ?」と心配していた。

恋愛を科学的に分析することはできる。
ある程度自分で制御することは可能だ。
柳生は愚かにも我を忘れすぎている。

では自分はどうなのか?

「あ、あの……柳くん?」

二人きりの部室でロッカーとの間にを挟んでいるのは、第一ボタンの開いた制服の隙間から鬱血痕が見えたからだろうか。
俺も同じものをつけてやりたいと、身が焦げつきそうなほど思っているからだろうか。

「……柳生は少々、お前に惚れ込みすぎているようだ」
「え?」

急に何を、とは困惑した表情のまま首を傾げる。

一目見て胸が騒ぎ、話せば鼓動は高鳴り、一緒にいれば触れたくなった。
日に日にに落ちていく自分を客観的に見れはしても、止めることはできなかった。
俺と同じようにに落ちていく柳生を止めることができなかったように。

「柳くん、私、比呂士と約束があるから……」

呟くように拒絶を示すは、顔を俯かせて俺と目を合わせようとはしない。

「……これは他人に見せない方がいいぞ」

そっと口づけの痕に指を伸ばそうとすると、はびくりと震えた。
愛しさが多い分だけ、痛みは大きくなる。
ふと可愛さ余って憎さ百倍という諺を思い出した。
俺はまだに憎しみを持ってはいないが、そんなことを考える自分に空恐ろしくなる。

一度は止めた指を伸ばし、の第一ボタンをきちんと閉めた。

「あ……ありがとう。じゃあね」

は俯いたまま俺とロッカーの間からするりと抜けだすと、小走りに扉へ向かう。
その手首に向かって腕を伸ばしたが、結局指先すら触れることなく力なく空を切った。

立ち竦んでを見送っていると、扉の開いたところでちょうど柳生が姿を現した。

「ああ、さん。ここにいたのですね」
「比呂士」
「……柳くんも一緒だったのですか」

眼鏡の位置を直しながら、柳生は困惑した表情で俺を見据える。
は柳生と俺の間で忙しく首を動かし、結局柳生へと視線を落ち着かせた。

「部活のことで用事があったの。もう終わったから」
「そうだったのですか。おっしゃっていただければ私も手伝いましたのに」
「いいの、すぐ終わったから。行こう、比呂士」
「え、ええ」
「柳生」

ゆらゆらと嫉妬の炎を立ち上らせる柳生が振り返った。
眼鏡の奥に隠れた瞳は実のところとても鋭いものであることを俺は知っている。

「弦一郎が最近のお前の様子を心配していたぞ」
「……そうでしたか。ですが真田君は、私に最近柳君の様子がおかしい、と零していましたよ」

頭を殴られたような衝撃を感じた。
最近の自分の行動が夢の中の出来事のように思い起こされる。
あの時も、あの時も、あの時も。
俺はのことを考えて、おかしなことをしてはいなかったか。

さん、あなたにはこちらの方が似合います」

いつの間にかに向き直っていた柳生が、の第一ボタンを慣れた手つきで外した。


一人きりになった部室で、俺は倒れるようにしゃがみこんだままロッカーに背を預けた。
チャイムはとうになったが立ち上がる気になれない。
そろそろ弦一郎に「たるんどる!」と怒鳴られるだろうか。
いっそその方がいいのかもしれない。

一瞬そんなことを考えたが、またすぐにの顔が脳裏を占める。
もうほとんど依存していると言ってもいい。
たとえ俺の恋人でなくても、がいない人生など考えられない。
……いや、がいるから俺は狂っていっているのか。

「お前は罪な女だな」

ああ、その第一ボタンを、今度は俺の手で外してやりたい。

伸ばした両手の先に、望んだ白い首筋の幻覚が見えた。


好き過ぎる7のお題  どうやら、君には依存性があるらしい  11.9.17