「よかったら俺の事務所泊っていきなよ」

終電を逃して途方に暮れていた駅のホームで、およそ十年振りに再開した折原くんはそう言った。

「事務所? 折原くん、社長なの?」
「まぁ、そんなところかな」

誘われたことより、ついそっちに驚いてしまった。

「大丈夫、変なことしないからさ。ただちょっと、ワインくらい付き合ってくれたら嬉しいけど」
「それくらいなら、お安い御用だけど……」

中学時代の同級生とはいえ、男の人にほいほいついていくのはいかがなものか。
けれど終電までぎりぎり仕事をし、全速力で駅まで走り、しかも終電を逃した疲労感の中では断る気になれなかった。

「お言葉に甘えちゃおうかな」
「そうしなよ。じゃあ、おいで、さん」

彼はくるっ、と踊るようにターンした。
もしかして酔っているのだろうか、ご機嫌に鼻歌を奏でる彼の後を追った。

「なんか、雰囲気変わったね、折原くん」
「そう?」
「うん。親しみやすくなったような……」
「あはは! そんなこと言ってくれるの、君だけだよ」

彼の事務所は想像以上に広くてキレイだった。
場所も場所だし、相当儲けているのだろう。
株かなにかをしているのかな? なんだか怖いので、そこには触れないようにしよう……。

「折原くんて、中学のとき女子の間で人気あったんだよ。ただ近寄りがたい雰囲気があったから、『かっこいい』って見てるだけのコばっかりだったけど」
「ふーん。さんはどう思ってたの? 俺のこと」
「それは……私もかっこいいな、って思ってたけど。そういえばクラスも一緒になったことないし、接点なかったね」
「そうだねぇ」

ワインを飲んで、おつまみにチーズやハムを食べながら、私たちは昔の話をしたりした。
中学時代は一度も話したことがなかったと思うけれど、お互い今でも顔と名前がわかって、こうして偶然一緒にいるのだから不思議なものだ。

さんってモテるだろうね」
「私が? まさか。全然だよ」
「……そうかな? ねぇ、君の周りの男がさ、例えば食事に誘ってきた同僚が、急に仕事を辞めたりしなかった?」

そういえば、と。折原くんの言葉で、同期の男の子を思い出した。
今度二人で飲みに行こう、と言われてアドレスを交換したけれど、彼はすぐに会社を辞めてしまった。
まだアドレスは登録されているはずだけれど、連絡は全く取りあっていない。

「友達の紹介で出会った男が、突然失踪してしまったり」

一度デートをしただけだったけれど、友達も急に連絡が取れなくなった、と言っていた。
後日今は海外を放浪しているらしいと聞いたけれど、友達も何があったのかさっぱりわからないそうだ。

「高校の同窓会で君をデートに誘った男が、その帰りに交通事故にあったり」

同窓会のあと、幹事から回ってきたメールを思い出す。
幸い彼は、数日入院しただけで命に別状はなかったそうだ。
一度同窓会で交換したアドレスにお見舞メールを送ったけれど、アドレスが存在しないと返ってきてしまった。

「君を熱烈に愛している男が排除していたりしてね」

あはは、と笑う折原くんの舌が、ワインのせいだろう、やけに真っ赤に見えた。
疲れた身体にワインを流し込んだせいか、妙に頭がぼーっとする。
折原くんの声が直接脳に響くように届いた。

「ところで君って、すごく俺のタイプなんだよね」

私は今夜も、終電を逃してしまうだろう。


映画タイトルで100の挑戦(フランス映画編)  015:終電車
映画タイトルで100の挑戦
11.11.26