俺の前でだけとびきりわがままな女の子は、どの女の子よりも一緒の時間を過ごしてきたけれど、一度も口説いたことのない女の子だった。

「やっぱりか」

真夜中のチャイムに呼び出されると、ドアの前には見慣れた幼馴染の姿があった。
あぁ、今回はただごとじゃなさそうだな。
はすでに泣きはらした目をしていた。

「入んなよ」

が俺に泣きついてくるのは珍しいことじゃない。
真夜中に電話で叩き起こされることも、こうして突然部屋に来ることも一度や二度じゃなかった。
そのときの彼女や女友達とセックスの最中で、申し訳なくも相手を追い出したこともある。
もちろん彼女だった相手には100%振られた。

けれど今日は、いつもとどうも様子が違う。
部屋に入った途端、が背中から抱きついてきたのだ。

「ちょっと、? どうしたのさ?」
「抱いて」

はぐしゃぐしゃの涙声で、でもはっきりとそう言った。

「お、おい、言ってる意味わかってんの!?」
「わかってる。キヨなら簡単でしょ。私に処女を捨てさせて」

おいおいおいおい、ほんとにどうしちゃったのさ。
なだめようにも、は背中に顔をうずめながらぎゅっとしがみついていて表情も見えない。

「とりあえず落ち着こうよ。今お茶淹れるからさ」

けれどは離れようとせず、仕方なくそのままずるずると引き摺った。
すると次第にくぐもった嗚咽が聞こえて来る。
……あーあ、このTシャツ、気に入ってたんだけどなぁ。
の涙と鼻水でぐちゃぐちゃだろう。

「処女は無理だって。ありえないって」
「へ?」
「言われたの。彼氏に。ベッドの上で」

あー……なるほど。
それで「抱いて」なわけね。
別れるつもりか、見返すつもりかはわからないけれど、はショックで傷ついて悔しかったのだ。
ふと背中が軽くなる。
振り向くと、が服を脱いでいた。

「ちょっと、ストップ! 落ち着きなって!」

慌てて止めたけれど、はブラウスもスカートもぽいぽいと脱ぎ捨てた。
白い肌にピンクのフリルのブラとショーツがクリームみたいに乗っている。
のこんな姿を見たのはさすがに小学校低学年以来くらいだ。

「全身キレイに手入れしたし、勝負下着だって着けてきた。彼も喜んでくれたのに、処女だって知った瞬間、蔑んだ目で私を見たの」

真っ赤な目から大粒の涙がぽろぽろとこぼれ落ちる。
まぶたが腫れて、鼻まで真っ赤で、当然メイクは落ち切っている。
燦然と輝く身体とぼろぼろになった顔との差がの悲しみの深さを、強い悔しさを表している気がした。

。そんな奴に処女を奪われなくてよかったじゃん。ヤケにならないで、もっと自分を大切にしなよ。ほら、服を着て」
「いいから、黙って抱いてよ!」

足元に落とされた服を差し出した手はの手に払われた。
本当に、このコは俺の前だと特別にわがままだ。
小さな頃から甘やかしすぎたのかもしれない。

「……わかったよ」

下着姿のの身体をゆっくりと抱きしめる。
知らないシャンプーの匂い、初めての抱き心地。
そういえば、最後にと手を繋いだのはいつだったろう。
昔一緒にお風呂に入ったりほっぺにチューをし合っていた思い出が蘇ってくる。

の身体は震えていた。
きっと彼氏の前でもそうだったのだろう。
怖くて、恥ずかしくて、でも彼ならいいと思っていたはずだ。

ぽん、ぽん、との背中をあやすように撫でる。
の震えがおさまるまで、やわらかく抱きしめながらそうしていた。

「キヨ……ごめんなさい」
「いいよ。ほら、早く服を着なよ。風邪ひいちゃうよ」

やっと落ち着いたの肩にブラウスを掛ける。
はいそいそとそれを羽織った。
目を冷やす濡れタオルと、美味しいお菓子と飲み物を用意しよう。
それから、彼女の次の恋愛運を占おうか。

俺は一度もを口説いたことはない。
きっと、これからもないだろう。


映画タイトルで100の挑戦(フランス映画編)  010:黙って抱いて
映画タイトルで100の挑戦
11.11.16