今日の夕食は豪華な手抜きだ。
ホテル内にあるデリカテッセンで取り揃えてきたお惣菜をお気に入りの器に華やかに盛り付けた。
メインはチキンだ。洋風惣菜にぴったり合うワインだって、いつもより良いものを奮発した。
お皿を並べて、グラスにワインを注いで、慣れたひとり暮らしの完璧な食卓を作る。
テレビなんてつけない。私は孤独なんて平気だ。
「いただきます」
パン、と手を合わせてフォークを持った。
「うん、美味しい」
シーザーサラダも、マッシュドポテトも、ハムとチーズの盛り合わせも、コンソメスープも美味しい。
赤ワインもするすると咽喉を通っていく。
チキンだって、かぶりついてやる。
あぁ、美味しい、美味しい。
今まであの人としてきたどんな食事よりも断然美味しい。
だからこの涙は、美味しすぎて溢れている涙なのだ。
「……うっ……」
ぼやけた食卓は色鮮やかにきらきらと輝いていた。
塩辛く感じるチキンはきっともともとこういう味なのだ。
あぁ、本当に、美味しすぎて、かなしい。
ピンポーン、と、ひとりきりの豪華な食卓に似つかわしくないチャイムの音が響いた。
どうせなにかの勧誘だろう。どのみちこんな顔では出られない。
「さん! さん!」
けれどワンルームの薄い壁越しに廊下から聞こえてきたのは、聞き覚えのある声だった。
「光くん……?」
あんな大声を出すようなコだっただろうか。
というか、そもそも、私の部屋にきたのは初めてだ。
ぼんやりしている間にも彼は扉をどんどんと叩きながら私の名前を呼んでいる。
手の甲で慌てて涙を拭いながら、扉を開いた。
「はぁ、やっと開けてくれた。疲れましたわ」
「光くん、どうしたん?」
彼は姉の旦那さんの弟だ。
姉の結婚前も、結婚後も、何度か面識がある。
けれどこうして二人で会うのは初めてだった。
なんで、しかもよりにもよって今日、彼はここに来たのだろう。
相手はまだ中学生なのに、ひとりになりたい気持ちとひとりになりたくない気持ちが彼を責めようとしている。
「さん、振られたんやろ」
「……!」
きっと姉から聞いたのだろう。彼に振られてすぐ、偶然かかってきた姉からの電話で全てを話してしまった。
今日は一緒にいようか、という姉の気遣いを断ったのに、お姉ちゃんが光くんを寄こしたのだろうか。
「言っときますけど、俺が義姉さんとの電話の内容勝手に聞いてただけスから」
「そ、そう……」
姉が話した訳ではないらしい。
じゃぁ光くんは、自分からここに来たっていうの?
「やっぱ泣いとるし」
光くんは射抜くような鋭い目で私を見つめながら、中に入ってきた。
ちょっと、と止める私を無視してずかずかとあがりこむ。
「やけ食いかいな」
部屋のど真ん中、今日のささやかなディナーを見下ろし、彼は厳しく言い放った。
ほっといてよ、と怒鳴りたくなったけれど、相手は中学生だ。
ぐっと黙りこむことは、少なくとも涙を我慢することよりたやすい。
「今日はさんに付き合いまスわ」
いつの間にかワイングラスを持ち上げた彼が無表情のまま振り返る。
「だめっ、ワインは」
彼がそのまま飲みほしてしまうのではないかと慌ててひったくると、光くんはフッと笑った。
「乾杯、さん」
早く彼を返さないと、姉に連絡しないと、ぐるぐるとそう考えていたはずなのに、彼の微笑みとグラスを指で弾かれた澄んだ音に従って、私は赤い液体を芳醇な香りごと咽喉の奥へと流し込んだ。
かわりに目から出てきた水を、彼が指で拭ってくれる。
冷めかけたお惣菜たちはなお褪せることなく美味しそうな匂いを漂わせていた。