目の前に座る女のうなじにほくろがあった。
今まで気づかなかったのは、髪をアップにしてきたことがなかったからだろう。
の髪からいつも香るシャンプーの匂いも不快ではないが安物の香りで、気にも留めたことはなかった。
けれど今日はなぜか、白く開かれたうなじに浮かぶほくろから目が離せない。
校内は完璧な空調で適温に保たれているが、校庭で体育を終えたばかりののうなじはうっすらと汗ばんでいた。
女子がよく使う制汗剤の香りが安っぽく漂っている。
「……おい、」
後ろから呼びかけるとはひどく驚いた顔でぎこちなく振り向いた。
そういえばの名前を呼んだのは初めてだったかもしれない。
「いや、そのまま前を向いていろ」
は戸惑った顔のまま素直に前に向き直る。
その首筋から視線を外さずに鞄の中から小瓶を取り出した。
シャンパンゴールドに輝くそれをに向け、うなじにひと吹きした。
あっという間に上等なローズの香りが広がる。
「な、なに!? 今の」
振り向きながら声を上げるは、自分のうなじに手を当てていた。
少し濡れた感じがしただろうか。不思議そうに手のひらを見つめ、香りに気づいたのか少し目を見張る。
「良い匂い……」
「気に入ったか? ならお前にやる」
クラシカルな意匠の小瓶を差し出すと、は間の抜けた表情のまま命令に従うように受け取った。
その様子がやけに面白くてハッ、と声に出して笑ってしまう。
「もっとその香りが似合うくらいイイ女になったら、俺の女にしてやるよ」
小瓶を手にしたまま呆然とするの瞳は俺の目ではなく、俺の泣きぼくろのあたりを見ているようだった。
無言のまま前に向き直ったのうなじは花弁のように淡く色づき、俺の好きな薔薇の香りを漂わせていた。