目を開いたとき、目の前に広がったのは見知らぬ天井……ではなく、見知らぬ男性だった。
上半身裸の。
「気が付いたか」
その男性は安堵したように息を吐く。
彼の後ろにはまぶしい空が広がっていた。
……そうだ、私は海に泳ぎに来ていたんだ。
なんだかまだ頭がぼんやりしているけれど、真夏の暑さに段々と思い出してくる。
「大丈夫か? ゆっくりと呼吸をしろ」
言われるがまま、意識してゆっくりと呼吸をする。
少し落ち着いてきて、彼に支えられながら上半身を起こす。
水着を来た身体が少し濡れていて、ああそうだ、と思い出す。
私は溺れかけたのだ。
「あの……助けてくれたんですよね? ありがとうございます」
「いや。礼には及ばん」
武士のような物言いで、彼は軽くかぶりを振った。
ライフセイバーのバイトの人なのだろうか。
真面目な顔で、まっすぐに私を見てくる。
「俺は真田弦一郎。立海大附属中学校の三年だ」
朗々と名乗りをあげた、彼の年齢に心底驚く。
どうみても中学三年生には見えない。
せっかく無事に動いている心臓が驚きのあまり止まりそうだ。
「名前を教えてくれ」
「あ、はい……です」
私の名前を聞いて彼は大きく頷くと、私のかたわらに正座した。な、なんで?
「では。俺と結婚を前提に付き合ってくれ」
見知らぬ彼が何を言っているのか、私には理解できなかった。
彼が真剣なのはその目や態度でなんとなく伝わってくる。
ぽかーんと間抜けな顔をしているであろう私に、彼は真摯な声で続けた。
「助けるためとはいえ、俺はお前の唇に俺の唇を重ねた。責任を取らせてもらいたい」
沈黙を紡ぐ間に、だんだんと理解できてきた。
つまり彼、真田くんは、人工呼吸をしたからその責任を取る、と言っているらしい。
「あ…あの、大丈夫。人工呼吸なら、ノーカンです」
「のーかん?」
「ノーカウント。気にしないで大丈夫です」
「いや、しかし……」
真田くんは腑に落ちないような顔をした。
ううん、なんだか現代に暮らしているのはもったいないお人だ。
なんだか名前も時代劇っぽいし。
「助けてくれて、本当にありがとうございました」
少し変わった命の恩人に改めて向き直り、頭を下げる。
「いや、気にするな。……唇を重ねてしまって、申し訳なかった」
少し俯く彼の唇を、まじまじと見つめてしまった。
ノーカンとは言ったけれど、私にとってもそれはファーストキスだった。
お礼をさせて欲しいから、と、私は彼から連絡先を聞き出した。
いろいろなキス 16 見知らぬあなたに 14.2.20