小平太の腕の中から見た世界では青々とした野原が風に抱かれていた。
学園からかなりの距離を、しかも途中から私を横抱きにしながら走ってきたというのに小平太は息一つ乱していなかった。
「いい天気だな!」
にこっと笑って私を見てくる小平太にうん、と頷いてからおろして、とお願いする。
小平太を見上げ返すと空が眩しかった。
「お疲れさまだね、小平太。どうもありがとう」
「ん。少し休むか」
言うが早いか、ごろんと横になる。両手と両足を大の字に広げて、小平太は気持ち良さそうにうんと伸びをした。
服に葉っぱがついちゃうかな……。
しゃがみこんで草の感触を確かめながらそんなことを気にしたけれど、「ほら、」と寝転んだままの小平太に引っ張られて倒れ込むように横に並んだ。
「転がると楽しいぞ!」
小平太は大きな図体でごろごろと転がっていく。
いつも通り元気があり余っているようだ。私はくすくす笑いながら彼を眺めるに留めて、それから仰向けになって目を閉じた。
空の青さや草の黄緑が見えなくなっても、匂いと風だけで情景を感じることができた。
忍術学園はほとんど平和だけれども火縄や薬の匂いがいつもしている。
こんな風に自然の香りだけを感じられるのは新鮮なことだった。
眠くなってきちゃったな……。
そう思い始めてから意識がなくなるのにさして時間はかからなかった。
初夏の草原は昼寝に向き過ぎている。
私は小平太がいることも忘れて、風に身を溶かした。
「……先輩、起きてください、先輩!」
ん……?
あれ、ここはどこだっけ……。
それにしてもなんだか、息苦しい……。
「!?」
目を開いたときやけに視界が暗くて、呼吸も苦しくてパニックに陥った。
心地よい草の中で眠りに落ちたはずだ、と思いだす。
とりあえず目前の障害を排除しようと、身体の上にあるものを力いっぱい腕で押す。
私の力ではびくともしなかったそれが急にがばっと跳ねあがった。
「! 起きたな」
馬鹿みたいに青空の似合う小平太が満面の笑みで私の頭をがしがし撫でてくる。
私の上でいったい何をしていたのだ。
さっきから唇が痺れるような感覚がするんだけど……。
「い、息が……くるし……」
それよりも身体はまず酸素を求めていた。
ぜいはあと呼吸を繰り返すとやっと少し落ち着いてくる。
すがすがしい初夏の空気を思い出すことができた。
「大丈夫ですか? 先輩……」
「あ、滝夜叉丸くん。……何してるの? 三之助くんも」
後ろを振り返ると滝夜叉丸くんが金吾くんの目を両手で隠しながら複雑そうな顔をしている。
その隣では三之助くんが四郎兵衛くんの目隠しをしながらやっぱり複雑そうな顔をしていた。
ふたりともなんだか顔が赤い。ここまで走ってきたからだろうか。
「滝夜叉丸先輩、いつまでこのままでいればいいんでしょうか」
「ああ、もう大丈夫だ」
金吾くんが声を掛けると、滝夜叉丸くんはぱっと手を放した。
同じく四郎兵衛くんを解放した三之助くんに金吾くんを預けるようにすると、そっと私に耳打ちしてくる。
「わたしたちがここに走り着いたとき、七松先輩が先輩に覆いかぶさって口づけしていたんですよ。私と三之助は慌てて後輩の視界を遮ったというわけです。一、二年生には少々刺激が強いですからね」
「なっ……うそ……」
まったくもって本当です、と呆れた様子で返されてしまった。
唇が痺れた感じがするのはそのせいか!
体力のあり余っている小平太のキスはいつもやたら長い。
私が大人しいのをいいことに、今回も長々とキスしていたのだろう。
滝夜叉丸くんにごめんねと謝ってから、小平太に文句のひとつも言ってやろうと振り返る。
けれど彼は金吾くんたちとじゃれあいながら草の上を転がって遊んでいた。
きゃっきゃと楽しそうな様子を見せられると怒るのも無粋に思えてくる。
握っていた拳を脱力しておろすと、滝夜叉丸くんに同情します、と肩を叩かれた。
彼もいつも小平太に振り回されているから、実はこういうときはよく気が合ったりする。
「! 滝夜叉丸! 何してるんだ、おまえらも遊ぶぞ!!」
大きな笑顔で振り返る小平太に、でも私はやっぱり何よりもときめいてしまうのだ。
行こう、と滝夜叉丸くんを見るとため息をつく彼も仕方ないですね、と苦笑で賛同してくれる。
駆け寄ると小平太がいきなり私に抱きついてきて、後ろから「先輩!」と楽しそうに金吾くんと四郎兵衛も抱きついてきた。
小平太はまた私にキスをしてきたけれど、金吾くんと四郎兵衛は笑い声をあげながら私の腰のあたりに顔をうずめていたので視界を遮る必要はないようだった。
「ああ、もう! だから先輩方ー!」
滝夜叉丸くんと三之助くんの嘆き声に心の中で謝りながら、でも私の気持ちはもう頭上の青い空をそのままのみ込んだように晴れ渡っていた。
いろいろなキス 12 寝転んで 09.4.25