立花仙蔵にはおかしな癖がある。
癖、という言い方が正しいのかはよくわからない。
その癖らしきものはどうやら、私相手にしか発動しないらしい。



食堂に向かう途中、後ろから声を掛けられて私は身を固くした。
振り向きもせず逃げようと走り出したが、優秀な忍たまに残念ながらくのタマは脚力で敵わない。

「やだ、立花」

脚だけでなく、ほとんどの身体能力において女は男に劣る。
とらえられた手首を振り払おうとする拒絶も、口に出した拒絶も、私は本気だ。
だが俯かせた顎は成す術もなく掴まれ、容易く身体ごと壁に押し付けられる。
二度目の拒絶は許されず、唇が彼のそれで塞がれた。

立花が初めて私にキスをしたのはもう五年も前の話で、当時十歳だった私は口づけの意味もよく知らない子どもだった。
どんなシチュエーションだったのかももはや記憶にはないが、ともかく以来彼は私の姿を見るたびに口づけてくるようになった。
早熟な友人たちからキスの意味を聞かされても、私にはうまく理解できなかった。

だからしばらくはされるがままにしていたのだが、十三になって二学年上の忍たまに恋をしたとき、私は初めて彼の行為に嫌悪感を抱いた。
三年目になる彼と私の光景はもはや忍術学園の日常となっていて、私たちは付き合っているというのが周囲の確固たる共通認識になっていた。
まだ恋というものをよく知らなかった私はそのことを別段気にもせず、特に否定もしていなかった。違うと言ったところで信じる人がいなかったので面倒に思っていたこともある。

だが好きな人ができてからはそんなことも言っていられなかった。
私はいつも通りキスをしようとしてきた立花に「やめて」と初めて拒絶を示した。

ところがどうだ。
彼は一瞬だけ驚いた顔をしたものの、すぐに意地の悪い笑みを浮かべたのだ。
嫌がる私の態度など意に介せず、それどころか喜ぶ節を見せて無理やり口を塞いだ。

それ以来怒鳴ったことも泣いたことも一度や二度ではなかったが、立花が行為をやめることはなかった。
初恋だった先輩は「これからも立花と仲良くな」と朗らかに笑って学園をあとにした。
私は明確な失恋すらできなかったのだ。

私と立花の交流はキスのみだ。ろくに話すらしたことがない。
私だって、彼と必要以上に話したくはなかった。
彼の行為が果たして歪んだ愛情なのか単なる嫌がらせなのか、それすら私には知らされていない。
また聞く気もなかった。はぐらかされるか、嘘をつかれるか。何にせよ無意味で徒労に思えたのだ。

もし彼が、一度でも一言、私のことを好きだと言ってくれたら。
無理やりなキスをされ続けているにも関わらず、そう考えてしまう私は立花の対極に位置するマゾヒストなのだろう。
時々ひどく、自分が哀れになる。

「…………」

このキスはもう洗脳みたいなものだ。唇が離れたあとに呼吸すると、私が生きられるのは毎日の彼の口づけのおかげなのかもしれない、と馬鹿げたことを考えてしまう。
きっと違う、これは薬というよりも明らかに毒だ。
いつか私がぱったり死んだら、立花のせいにして欲しい。

間近に立花の存在を意識したまま、泣いてもだめ、怒ってもだめ。
なら笑ってやろう、と唐突に思いつく。
不敵に微笑む目前の彼に、私はにっこり笑いかけた。

すると思いがけないことが起こった。
彼は初めて私が拒絶したときのように一瞬驚いたあと、しかし意地悪く笑ったりせず、かあっと赤くなったのだ。
今度が私が驚愕する番だった。
立花は手で顔を覆うように隠したあと、一瞬で姿を消した。
昼過ぎの廊下に呆然とした私ひとりが取り残される。

どうやら歪んだ愛情だったらしい。
六年目にして得た答えに、私はまだ戸惑うことしかできない。
でもなんとなくわかってしまった。
怒るよりも、泣くよりも、笑う方が彼には効く。
拒絶するよりも、受け入れるよりも、いっそ私から仕掛けてみたら。

やっと決意をした数日後、私は立花の口から初めて愛の告白を聞くことになる。
「死ぬほど愛している」
それは背筋がゾッとするくらい恐ろしい言葉だったけれど、マゾヒストの私にはこの上なく効く一言だった。



いろいろなキス  11 無理やりな  09.4.8