この氷帝学園はでかい学校だ。
良い奴、嫌な奴、おかしな奴、俺様のようにパーフェクトな人間、色んな奴がいる。
そう、たとえば、階段から落ちてくる奴も。
「う、わあああ!」
そいつは階段の一番上から真正面に落っこちてきた。
どこにどう蹴躓けばそんなにきれいにぶっ飛べるのかさすがの俺にもわからねえ。
だが俺が避ければぶっ飛び女は頭から着地し、下手すりゃ死ぬだろう。
俺の目の前でみすみす死人を出すわけにはいかない。
手に持っていたテニス部の書類を隣で「なんや!?」と目を丸くしている忍足に押し付け、両手を拡げて構えた。
「あああ!」
叫びながら飛んできた女を真正面からキャッチする。
予想以上に勢いが強く、そのまま背中から壁に打ち付けられた。
ずるっ、と倒れ込むようにしゃがんだとき、だが衝撃はほとんど唇にきた。
「!」
さっきまで叫び声をあげていた口が俺の口にぴったり重なっていた。
急いで女の肩を押して引きはがす。いや別に慌てたわけじゃねえ。
女は気を失っているのか、というほど反応がなかったが、一応目は見開いていた。
「おい、おい!」
念のため身体は揺さぶらないようにして何度か声を掛けるとようやくはいっ! と反応が返ってきた。
目を開けながら死んでいた訳ではないらしい。
「怪我はねえか」
「だいじょぶです。あの、跡部さんは……」
「俺様がこの程度のことで怪我をするかよ。心配するならさっさとどけ」
「あ! すみません!」
「うぐっ!」
「あっ……ご、ごめんなさい!」
女は跳ぶように立ち上がった瞬間、しっかり俺の足を踏んでいった。……いい度胸だ。
しかし女自身もバランスを崩してまた倒れそうになり、忍足に片腕で支えられる。
あっちにこっちにぺこぺこ頭を下げている姿を見ていると、怒鳴る気も失せた。
「あの、すみません。ありがとうございました!」
「お前、名前は」
「は、はい! 二年F組、です!」
何事にも威勢だけは良いらしい。日吉とは同じクラスのようだが、いかにもあいつの苦手そうなタイプだ。
「覚えたぜ。次に会ったら覚悟しとけよ。行ってよし」
「は? はい! 失礼します!」
ほぼ直角にばたん、ばたん、と頭を下げて上げ、そいつは階段を駆けおりようとした。
「走るな! また落ちるぞ!」
「はいっ、すみません!」
ったく、見ていらんねえな。
無事に下に着くのをつい見届けると、忍足がにやにやしながらこっちを見ていた。
「……なんだ、忍足。気持ち悪い顔すんな」
「ひどい言い方やなあ。それにしても、なかなか熱烈なキスやったな」
「フン、事故だろう、あんなの。……言っておくが、初めてじゃないからな」
「はいはい」
まだにやにやしている忍足はどうも信じていないように見える。
預けていた書類を引っ掴むと、「おーコワ」などと言い出す。いちいちムカつく奴だ。
「か。俺様のファーストキスを奪っておいて、ただで済むと思うなよ」
「やっぱり初めてやったんやないか。カワイイやっちゃな」
「……」
俺としたことが。口が滑っちまった。
調子が狂う。これものせいだろう。あの変な女。唇はやわらかかった。
「顔、赤いで。いやー、跡部にもとうとう春が来たか」
「……忍足。今日の部活、覚悟しておけよ」
「すまん、からかいすぎた。後生やから許したってや」
忍足は両手を合わせてきたが、もう知らねえ。今日は俺様が直々に相手をしてやろう。
それから、日吉だ。日吉の奴にあの女のことを聞いてやろうと思った。
。あんな女は初めてだ。そう、俺にとっての初めての女になるだろう。
「くくくっ……、ふふ、はーっはっはっは!」
「アカン……。あのコ、もう逃げられへんな。かわいそうに」
いろいろなキス 07 初めての 09.2.21