一年は組は伝説的なクラスだった。
劣等生の集まりと言われていたが、実戦の回数は六年生をも上回っていただろう。
テストで良い点が取れなくても彼らには実力と才能があったのだと思う。
六年生になった彼らは誰一人欠けることなく、今ではそれぞれが得意な技を極めて下級生の憧れの的だった。
「、なにぼーっとしているんだ。課題は進んでいるのか?」
私には三ページも理解できないだろう、難解な書物を物凄い速さで読み進める庄左ヱ門を眺めていたら、筆の柄で頭を叩かれた。
窓の外から下級生のはしゃぎ声が聞こえてくる。
私たちが年齢を重ねるとともに少しずつ失っていったものだ。
「は組のみんなは元気?」
学年が上がってクラスが変わっても、は組といえば五年前の一年は組だ。
今は『一年は組』の意味を知るのは私たちの学年だけになってしまったけれど、『は組』の合言葉は消えずに残っている。少なくとも、私たちが卒業するその最後の日までは消えることはないだろう。
「どうしたんだ? いつもはは組のせいで二人きりになれない、と文句を言うくせに」
庄左ヱ門は苦笑したけれど、声がとてもやわらかい。
は組は私にとって恋敵のようなものだった。
下級生の頃から彼に恋をしていた私は見掛けたらなるべく声を掛けようと努力していた。
けれどそのたびには組が邪魔をする。
ナメ太郎がどこかにいったと喜三太が泣きついてきたり、遠乗りに行かないかと団蔵が誘いにきたり。
しんべヱが宿題を聞きにきたり、挙句土井先生が用事を頼みにきたりする。
は組の学級委員長、頭脳だった彼はどこまでも頼りにされているのだ。
私たちが晴れて恋人同士になっても、状況はあまり変わらなかった。
二人でいてもどこからかは組の誰かが寄ってくるので、なかなか甘い雰囲気にもならなかったのだ。
「あの人たちが静かだと、それはそれで気になるものね」
庄左ヱ門と二人でいるといつもなら四半刻もしないうちに誰かしらに見つかるのに、今日は空き教室に入ってから一刻経っても誰も来なかった。
素直に喜べば良いものを、なんだか拍子抜けというか、逆に気になってしまう。
別にそれを課題が進まない言い訳にするつもりではないけれど。ほとんど白いままの紙に目を落とし、内心で付け足す。
「たまには良いじゃないか。それともはは組のみんなと一緒の方がいい?」
「そういうわけじゃないけど。ちょっと調子が狂うのは確かかも」
苦笑しながら顔を上げると、庄左ヱ門は静かに微笑んでいた。
でもその目だけが力強く私をとらえていて、思わずびく、と身体が震えてしまう。顔に熱が集まる。
「」
私の名前をかたどる唇に目が釘付けになった。
長机を間に挟んでいるのに、耳元で囁かれたかのように錯覚する。
「二人きりのときは僕だけを見ていて」
庄左ヱ門の顔がふっ、と近づいてきて、そのまま唇が重なった。
「しょうざえもーん! ここにいたのか! ちょっと聞きたいこと……が……」
扉が開くとともには組の三人組が現れて、私たちは顔を近づけたまま硬直した。
「あ……お、お邪魔しましたー。どうぞごゆっくりー!」
「すごーい! 庄左ヱ門とちゃんがちゅうしてる!」
「ばか! しんべヱ! ほら、行くぞ!」
目をきらきらさせてこっちを見ているしんべヱを乱太郎ときり丸がひっぱっていく。
私たちはしばらくなにも反応できないでいたが、私の両肩に掛かっていた庄左ヱ門の手がふるふると震え出した。
「お、お、……お前らー! せっかく今日は良い雰囲気だったのにー!」
庄左ヱ門は拳を握って立ち上がり、ごめんなさーい! と叫びながら駆け去っていく三人を追いかけはじめた。
空き教室にぽつんと残された私は、ひとり身体を震わせる。
「ふ、ふふっ……、あははははっ!」
お腹の底から爆笑した。
なんていうお約束。あれでこそ庄左ヱ門のいた『は組』だ。
窓の外から待てー! という庄左ヱ門の怒号と、悪かったてばー! と必死に謝る三人組の声が聞こえてくる。
まったく、もう六年生だというのに。ああいうところ、彼らは良くも悪くも変わらない。
じきにこの学園で七回目の春が来る。
こぼれ落ちた涙は笑いすぎのせいだけではない気がした。
いろいろなキス 04 二人きりの 09.2.17