「いってきます」
「いってらっしゃい」
仙蔵が仕事に出かけるときはいつもそうして一度だけキスした。
忍術学園の頃から付き合っていた私たちは卒業後に夫婦になった。
昔から優秀だった仙蔵は忍者としてその腕を上げ続けている。
当然声のかかることの多くなった彼はほとんど家にいない。
何週間、ときに何か月も仕事に出かけ、帰ってきて数日をこの家で過ごす。
帰ってきたと思ったら近くに来ただけだから、とすぐに行ってしまうこともあった。
私は一年のほとんどを、畑の世話をしながら彼が無事に戻ることを祈って過ごしている。
くの一になるのを諦めてくれ、というのが彼の唯一の望みだった。
危ない仕事をさせたくない、ときに敵と寝なければならないくの一の仕事をがすることなど耐えられない、と在学中から毎日のように言われた。
一度だけ私も仙蔵の身を心配するだけの毎日には耐えられない、と返したことがある。
仙蔵はは馬鹿だな、と笑って、私がしくじるものか、が待っているのならどんな窮地からも無事に帰ってきてみせるさ、と言った。
彼が無事に帰ってくることを、いつも信じている。
ずっとそばにいて欲しいとか、もう行ってしまうのかとか、そんなのは私のわがままだ。
それでも彼が出かけるときにするキスはいつだって苦しくて切ない。
早く帰ってきてねという言葉は重ねた唇の奥に飲み込んで、私は精一杯の笑顔で送り出した。
「気をつけてね」
「ああ。愛しているよ、」
普段離れている分、一緒にいるときの彼は惜しみのない愛をくれた。
たくさん抱き締めて、キスして、愛の言葉を囁いて、やさしく抱いてくれた。
仙蔵が家を出て三か月が経った。
早く帰ってこないかな、という気持ちがいつもに増して強い。
だって今、私のお腹の中には彼との子供がいるのだ。
仙蔵はこれからも忙しく家をあけるだろう。
今度は私はこの子と二人で彼の帰りを待つのだ。
驚くだろうか。喜んでくれるだろうか。
時折お腹に触れる、幸せな気持ちになる。
洗濯物を干しながら街道に繋がる土の道を見ると、愛しいあの人の影が見えた。
私はいつものようにとびっきりの笑顔を準備する。
おかえりなさい、仙蔵。
いろいろなキス 02 苦しくて切ない 09.2.16