「ちゃん、おっはよー!」
「っ!」
朝の廊下で、後ろから抱きついてきたのは英二くんだった。
さっきまで何ともなかった心臓がばくばくしている。
いい加減毎朝のことなのに、まだ毎日驚いてしまう。
「おはよう、英二くん」
遠慮のない猫みたいにずっしりとのしかかってくるので、正直結構苦しい。
でもこの重みは嫌いじゃないのだ。それだけ彼に好きって言ってもらえているみたいで。
朝練の後の、ほんのり香る制汗剤の匂いも好きだった。
「今日も抱き心地がいいにゃあ」
「あ、ありがとう……」
ぎゅうっと抱きしめられて、頭を撫でられる。
私は抵抗しない、最近は力を抜くことも覚えた。
前は緊張してかたくなってしまって、もっとリラックスしていいよー、なんて言われていたのだ。
「ねーねー、今日はアイス食べて帰ろう! こないだ新しいお店できたじゃん」
「あ、あそこ行ってみたかったんだ。楽しみだね」
「うん! 楽しみだにゃー」
恋人同士になってから、朝と昼と放課後に一つずつ習慣ができた。
お昼は一緒に食べて、放課後は一緒に帰る。よく寄り道もする。
そして朝はこうやって抱き締められて、それから。
英二くんのかわいらしい笑顔、その目が細められて、ぞくっとする微笑に変わる。
私を抱き締めていた手を流れるように放して壁につけ、彼のしなやかな雰囲気とは反対に大きな身体との間に私を挟んだ。
普段とは違う、とても大人っぽい微笑みにいつもどきどきしながら待つことしかできなくなる。
近づいてくるその表情に見惚れている間に唇が塞がれるのだ。
たった数秒だけだけれど、挨拶がてらというには真剣なキスに朝からとろけそうになる。
習慣という言い方は間違っているのかもしれない、私にとってはいつも新鮮で、慣れることがなかったから。
「それじゃ、またお昼にね!」
離れた唇を追い求めてしまうような気分で目をあけると、そこには普段と同じ英二くんの明るい笑顔がある。
少し残念な気持ちと、安心した気持ちと半々を感じながらこくこく頷いて、手を振り返す。
英二くんとの朝のキスは刺激が強くて、でも目が覚めるというよりはぽーっとなってしまう。
時々思うのだ、彼のあの微笑と重なるのはテニスの試合でたまに見る、手首でラケットを回すときのどこか冷静な表情で、ひょっとして朝の彼は「本気モード」なんじゃないかって。
いつか聞いてみたい気がした。ああやってキスするとき、何を考えているのか。
少し楽しみで、少し怖い気がした。
いろいろなキス 01 挨拶がてらに 09.1.23