制服の隙間に入り込む風が下着をつけていない身体によく沁みた。
視界は青い空でいっぱいで、その爽やかさが今の私には毒だった。
仰向けに寝転ぶ、違う、そんな穏やかなものじゃない、倒れている私はまだ、指先一本動かすのもダルい。
午後の始まりを告げるチャイムはとっくに鳴ったけれど、無理をして授業を受けるほどの気力はなかった。

。早く着替えんと、風邪ひくぞ」

気力はなかったが、その声を無視するほどではなかった。
上半身を起こす、まだ痛む身体に顔をしかめる。立ち上がろうとしたけれど腰に力が入らない。
仁王くんが片手を差し伸べてくれたので、少しだけ助けてもらうことにする。

「丸井にも困ったもんじゃの」

仁王くんはいつからここにいたのだろうか。
もしかしたら最初から全て見られていたのかもしれない。
でも焦ったり恥じたりする気持ちはほとんどなかった。
相手が仁王くんだからかもしれない。彼自身、とても落ち着いているようだったから。

「一人で立てるか?」

あまり迷惑はかけたくない。
そのつもりで手を放すと、途端に足から崩れそうになった。
まだ無理みたいやの、仁王くんは素早く反応して私の腰を支えてくれる。

「後ろ向いとく。背中を貸すから、早くポケットのもん身につけんしゃい」

制服のポケットにはショーツが捻じ込まれていた。
無理矢理突っ込まれたのではみ出していたそれを引っ張りだす。
仁王くんの華奢だけど私よりはよほど逞しい背中に寄りかかり、足にショーツを通した。
まだ乾ききっていなくて少し気持ち悪いが、仕方がない。
ダルさを引きずっていたので緩慢な動作になってしまったけれど、仁王くんは気長に待ってくれた。

「ありがとう、仁王くん。ごめんね」
「気にしなさんな。悪いのは丸井じゃろ」

確かに足腰が立たなくなるほど私を抱き、放置したまま行ってしまったのはブン太だった。
私はブン太の彼女だったけれど、あまり大事にはされていない。
それでも私は彼のことがとても好きだったので、大抵のことに耐えることができている。

「ブン太は悪くないよ」
「……お前さんがそう言うなら、そうなんじゃろう」

仁王くんは優しかった。
彼は容姿もきれいでよくモテるので浮いた噂がいくつもあるけれど、黙ってそこにいるだけで目立つ人だから噂がひとり歩きしているのかもしれない。
細い彼の背中は体温がやけに低くて、それが気持ち良かった。

「仁王、を放せ」
「おっと、王子様のご登場じゃの」

授業を抜け出してきたのだろうか、いつの間にかブン太がいた。
助けてくれた仁王くんを睨むのはやめて欲しかったけれど、戻ってきてくれたことが嬉しかった。
ブン太は大股で歩いてきてまだ仁王くんに支えてもらっていた私の身体を引っ張る。
ブン太の身体に倒れ込みながらもう一度仁王くんにお礼を言おうとしたら、「ありが」のところで言葉がくぐもる。ブン太が手で口を塞いできたのだ。

「他のやつに触られたくないんなら、放っていくな。下着もつけないで倒れとったぞ」
「……だから、迎えに来たじゃん。いつまで経っても戻ってこねーから」
「余計なお世話かもしれんが、もっと大事にしてやったらどうじゃ」
「ほんと、余計なお世話だよ。仁王らしくもねえ」

そりゃ悪かったな、とため息を吐く仁王くんの目はとても冷たく見えた。
だからブン太はもっと怒ったみたいで、私を抱く腕に苦しいくらい力をこめる。
あとでお菓子をあげたら機嫌直してくれるかな。
ブン太の部活が終わるまでに、今日は一回学校を出てケーキを買いに行こう。

仁王くんはもういつもみたいに飄々とした表情に戻っていた。
ブン太の腕の中にいる私の頭を一度だけ撫でて歩き去っていく。
ブン太の撫で方はいつもぐしゃぐしゃっと乱暴なので、優しいその手つきが新鮮でどこかほっとする。
そんなこというとまた彼が怒るので、私は何も言わない。

「……ちっ。なんか気分悪ィ。、もっかい抱かせて」

「お願い」のかたちではあったけれど、それはいつも通りの「命令」だった。
どっちであっても、私に断るつもりはないけれど。
着けたばかりのショーツをまた脱がされながら、でも私は思ってしまった。
ブン太じゃなくて仁王くんを好きになっていれば、もっと楽だったのかもしれない。
そんな気持ちを消し去りたくて、忘れ去りたくて高く声をあげた。
もっと、気が狂いそうになるくらい、愛させて欲しい。

「もう仁王には近寄るな。お前が好きなのは俺だけだろ」

頷くと、ブン太は安心したみたいな笑顔になる。

一度だけブン太を拒絶したことがある。
彼は私が謝るまで、ほとんどものを食べなくなった。
後で柳くんに聞いた話によれば、ブン太の様子は拒食症というより願掛けに近いように見えたらしい。
今なら思える、ブン太のそれは私に対する脅迫だったんじゃないかって。
何にしてもブン太が食を断つというのは異常なことだった。
日に日に誰の目から見ても苛立ち、そして弱っていった。
それを見て一番怖くなったのは私だ。このままじゃ死んじゃうんじゃないかって思った。
どれだけ傷つけられても、もう彼を苦しめることはしたくない。
きっと私が離れていったとき、立ち上がれなくなるのは彼の方なのだ。

「好きだよ、ブン太」

当然だろぃ、彼はそう言って、食べるようなキスをした。
彼が情事のときにキスをしてくれるのは随分と久しぶりで、私は少しだけ泣きそうになった。



ボコ題 12:立てない  ボコ題
08.12.8