、次はこっちだ!」
「ちょっと待って、滝夜叉丸くん……! ちょっと休憩……!」
「何を言っている、くの一がこの程度で根をあげていては駄目じゃないか」
「そんなこと言ったって、もう三時間も走り回って……」
「案ずることはないさ。もしきみが倒れたら、この滝夜叉丸がお姫様抱っこで医務室まで運んでやろう!」

目の前を、この放課後ですでに何度も見掛けている二人が走り去っていった。
雷蔵先輩こんにちは、と一瞬で声を掛けられるが、こんにちは、と返した声が果たして聞こえているのかどうか。
彼らの巻き起こした風で飛んでいった資料を一枚、慌てて掴む。
四年生の平滝夜叉丸くんと、くのタマのちゃん。
滝夜叉丸くんがちゃんの腕をひっぱって連れまわすのは、忍術学園ではすっかりお馴染みとなった光景だった。

滝夜叉丸くんの方が少々一方的にちゃんを恋慕っているようにも見えたが、滝夜叉丸くんと一緒にいるちゃんはなんだかんだで幸せそうで、たぶん付き合っているのだろうというのが大方の見解だった。
ぼくたち先輩もほほえましいカップルとして彼らを見守っていた。
時々面白がってちゃんにちょっかいを出す悪趣味な輩もいたけれど、滝夜叉丸くんが本気で怒って戦輪を投げてくるのであまり冗談にならなかった。

吉野先生に頼まれた資料を図書室におさめた帰り、裏の林から葉の鳴る音が聞こえてきた。
生徒が遊んでいるのか、自主練でもしているのか……万が一、侵入者という可能性もある。
委員会の仕事はもう終わったし、念のため確かめておこうか……。でも、杞憂かもしれないし。
迷い癖が出てしばらく足踏みしていたが、あの辺りを三郎が昼寝場所にしていることをふと思い出した。
ひょっとしたら三郎かもしれない。でももし侵入者だったら、昼寝をしている三郎が危ないかもしれない。
三郎は優秀なやつだからあまり心配はないだろうけれど、味方が多いに越したことはないだろう。
うんと頷いて、ぼくは足音を消し林に近づいた。

がさがさと葉の音はしなくなったが、かわりに抑えた息遣いが途切れ途切れに聞こえてくる。
ぼくはますます慎重に歩を進めた。
息を殺すなんて、ひょっとして本当に怪しいヤツかもしれない。
木の陰に隠れ、懐の手裏剣を確かめながら音の出所をゆっくり覗く。

「!!」

な、なんていうことだ……。
視線の先では、滝夜叉丸くんとちゃんがキスをしていた!
緊張に速まっていた鼓動がもっと早鐘を鳴らした。
ま、待て待て。きみたちはまだ十三歳だろう!
ぼ、ぼくだってまだしたことないのに……い、いやいや、そんなことはどうでもいい。
しかし、困った……。これでは下手に動けない。
いや、決して目が釘付けだとかそんなことは……。

ぼくがまごまごしている間に、二人の口づけはなんだか異様な熱を帯びていく。
ここからだと二人の繋がっている部分が結構生々しく見えてしまう。
くっつく、離れる、くっつく、離れる、ちゃんの頬が上気し、瞳が潤み、口から熱い呼吸が合間合間で静かに放たれる。
ちゃんの頭を抱えるように支え、腰を抱きながら彼女に口づけを浴びせる滝夜叉丸くんは意外にもがっついている感はなく、二人のソレが慣れたものであることを想像させる。
次第に水音が増し、よくよく見ていれば……いや、別に見たくて見ているわけではない、断じて!
ともかく、彼らのキスは、いわゆる深いものになっていった。
滝夜叉丸くんが舌をさし入れたと思ったら、ちゃんも躊躇なく自分のソレを絡め、彼の首に両手を回して自分からも攻めていく。
あ、あのコたちは本当に十三歳なのか? 驚き、疑問、妄想、様々な感情がぼくの内を駆け巡り、ぼくは混乱の只中にあった。

いついかなる時も平静を保っておらねばならない忍としては失格だろう。
まして、気が動転して物音を立ててしまうなんて。
がさり。かすかに足元を鳴らしてしまった瞬間、ぼくは一足で逃げ出した。
下級生とはいえ彼らも優秀な忍タマだ。一瞬であれぼくの後ろ姿を見ていれば、誰だかわかってしまっただろう。
ああ、いったい明日から、どんな顔をして彼らに会えばいいのだろう……。


「どうした雷蔵、顔が赤いな」

部屋に戻ったぼくを見て、開口一番三郎がそう言った。
三郎の言う通り、顔がまだ熱かった。
忘れようと思えば思うほど濃厚な接吻の光景が脳裏に蘇ってしまうのだ。

「なんでもないよ。放っておいてくれ……」
「後輩の刺激的なラブシーンでも目撃したか?」
「三郎、まさかおまえ……」

おまえもあの場にいたのか!
三郎はおかしそうにくすくす笑った。ぼくの顔をしているくせに、ぼくと違ってまったく余裕そうだ。

「あそこはもともとわたしの昼寝場所だ。彼らに文句は言えんさ」

見上げたやつだ。これだから三郎には敵わない。しかし、と三郎は続けた。

「キスのうちはまだいいが。そのうち青姦でもし始めたらかなわないな」

あおかん。ぼくは一瞬、その言葉の意味が理解できなかった。
青い缶詰が頭に思い浮かび、「青い缶詰じゃないぞ」と三郎にすかさず突っ込まれる。
あれだ、つまり。青姦とは、その。男女が、外で……。

「う、うわああ!」
「想像したのか? 変態め」
「さ、三郎が言い出したことだろう! ぼくは何も……」

ああまったく、どうしてくれるんだ!
本当に明日からあの二人の顔が見られなくなりそうだ。
なによりも、純粋な二人を汚してしまったようで申し訳ない。
……いや、あんな濃厚なキスをするくらいだから、100%純粋とは言えないかもしれないけれど。

「まあ、ラブラブで羨ましいかぎりだよ」

肩をすくめる三郎に、これには同意して頷いた。
滝夜叉丸くんとちゃん、二人が深く愛し合っているのは間違いない。
ほほえましいカップルというよりは、熱烈なカップルだったけれど。
ぼくは先輩としてこれからも温かく見守っていこう、と思った。
……恋愛としてはぼくの方が後輩になるだろうということは、考えないことにしよう。



ボコ題 06:ひっぱる  ボコ題
09.2.1