「みーっけ!」
アマゾン戦士並みの勘と視力を持つんじゃないか、という金ちゃんはお気に入りの女の子を発見して速攻で飛んでいってしまった。
スピードスターの方が上やっちゅう……と言うのも阻まれるほどすごい勢いだ。
「アカン、あの子またやられるんちゃうか」
「ああ」
白石の心配に同意している間に「きゃあーっ!」というもう聞き慣れてしまった悲鳴が聞こえてきた。
もう遅いが仕方ない、せめてこれ以上被害が広まらないようにしよう、と急いで駆け寄る。
金ちゃんは誰がどう見てもそうとしか言えないくらいその子にがぶがぶ噛みついていた。
ほんまにライオンの子みたいやな……。
「遠山くんやめて、痛い!」
「なんでや〜なんで金ちゃんって呼んでくれへんの? 金ちゃんって呼んでくれるまで噛むのやめへんで!」
金ちゃんはちゃんというその子の腕からいったん放した口をまたぱかっと開いた。
「金ちゃん、やめや!」
白石が止めに入るも、金ちゃんは彼女の腕に噛みついたまま放れない。
あーあ、かわいそうに。また痕が残ってしまうだろう。
無理に引き離そうとするとますます金ちゃんが食いつくので、下手に刺激もできなかった。
「金ちゃん、やめて!」
涙目になっていた彼女が耐えかねたように叫ぶと、金ちゃんはぱっと口を放した。
その拍子に金ちゃんに掴みかかっていた白石がよろけそうになったのを一応受け止めてやる。
悪いな、という白石に一度頷いてから視線を戻すと、金ちゃんは満面の笑みを浮かべてうっれしそうな顔をしていた。
ほんま、この野生児は……。
「わーいわーい、が金ちゃんって呼んでくれた! なあなあ、もっかい言って!」
「……き、金ちゃん」
ついさっきまで噛まれていた腕をさすりながら震えた声で呟く彼女はかわいそうに、完全に怯えていた。
それもそうだろう。金ちゃんに悪気がなかろうと、これは立派な暴力だ。
何度言い聞かせても金ちゃんは「知らん! 噛みたいから噛むんや!」の一点張りで、これについては白石の毒手でさえも効果がなかったのでもう止める手だてがなかった。
……彼女には申し訳ないことだが。
「あははっ、ほんまウマそうやな、は!」
「ひっ!」
嬉しそうにぴょんぴょん跳ねていた金ちゃんが今度はなんと、彼女の首筋に噛みついてしまった!
哀れな犠牲者の瞳がますます恐怖に塗れていく。
「アカン、アカンで首筋は……色んな意味でヤバいで」
隣で白石がぶつぶつ呟くのが聞こえるが、同意せざるをえない。
首筋はヤバい。
ていうか金ちゃんは本当に自分が思っていることを口にしているだけなのだろうが、下手するとセクハラであることに気づいているのだろうか。……気づいているわけないか。
「な、なんで噛むの!?」
見るからに蒼白な顔で彼女が悲鳴のような声をあげる。
金ちゃんはいつも通りの無邪気な表情でそれに答えるのだ。
「わいな、前テレビで見たで! こうするのがしょゆーの証や、って。はわいのもんや、ってこうやって示すんや!」
たぶん野生の王国の話だったのだろうが、素直な金ちゃんは人間界のルールにそれを取り入れてしまったらしい。
返事を貰った当の彼女はというと、涙目はそのままに顔色だけ青から赤に変わっていた。
まあ、今のってほとんど告白やし。
金ちゃんの中にはまだ恋とか付き合うとかそういう概念が存在しないからこんなことになっているのだろう。
「ほら金ちゃん、部活行くで! ……すまんなちゃん、金ちゃんに悪気はないんやで。むしろ……いや、これは俺の口から言うことやないな」
「おい白石、変な含みを持った言い方すんなや。キモいで」
白石につっこみつつ、またなー! と彼女に両手を振る金ちゃんを後ろから引きずる。
振り返ってみると、彼女は噛まれた首筋を押さえながら真っ赤な顔で呆然と俯いていた。
金ちゃんに好かれるとほんま大変やなあ。
でもまんざら脈がないわけでもなさそうで良かったな、金ちゃん。
「なあ白石ー」
「なんや、金ちゃん。おやつなら今日はないで」
「そんなことやない。なあ、のこと名前で呼んでいいのはわいだけやで?」
そのときの金ちゃんの様子は白石でさえもびくっと身体を震わせるほどだった。
静かで獰猛な野獣というのはきっとこういうものなのだろう。
一瞬だけ、ほんの一瞬だけ、食われる恐怖のようなものが身体を支配した。
「なあなあ白石ー、黙っとらんで、返事は〜?」
「……わかった、気ぃつけるわ」
白石の返事を聞いてにっと笑った金ちゃんは拍子抜けするほどいつもの無邪気な雰囲気で陽気に騒ぎだし、さっきのはただの気のせいだったのかと思えてくる。
だが途端に背中を冷たい汗が伝った。あの恐怖は間違いなく本物だった。
今はどこまでもまっすぐで素直な金ちゃんだけど、その確かに存在するらしい冷たくて獰猛な部分が目覚めたら本当に誰にも手の負えない獣のようになってしまうのかもしれない。
そして真っ先にその餌食となるのはもちろん、金ちゃんに所有の印をつけられたあの彼女だろう。
俺は心の中でまだなにも知らない彼女の平穏を祈った。